最高の景色

 瞬間移動の魔法はそれはそれは気持ちの悪いものだった。車酔いなんてものじゃない。

 というか、あれは瞬間移動とは言えない。時間的には一瞬なのだが、体感的にはかなり時間が掛かっていた気がした。

 実際、移動中に色々言われたのも確かだ。


 俺は軽く深呼吸した。

 いつまでもそんなことに文句を言っていられない。今は異世界にいるんだ。どんなことにでも柔軟に対応出来なくてはならない。


 移動中に言われたことを思い出そう。


 やっとの思いで着いた場所は、城の中。そのまんまデビルキャッスルと呼ぶらしい。

 その城は5階建てで、1階から食堂、兵士の部屋、浴室、大臣の部屋、王の間となっいるそうだ。


 そしてこの地は魔族の地。さきほどいた場所が神族の地と言うらしい。

 魔族は昔神族の地にいたが、その容姿や能力から差別を受けていたそうだ。そして歴史を重ねる毎にそれはエスカレートし、ついには神族の地から追放してしまう程になったらしい。


 その影響は未だに途絶えず、度々戦争が起こるそうだ。だが、人数や技術の差で負けが続いていた。もともと陸地が少ない魔族の地で良い材料を入手し、加工するなんて無理な話なのだ。それを分かっていて神族の地の者は戦争を仕掛けてくる。目的は魔族の地にしか生息しない、『馬人』と『竜人』という魔物を捕獲することだそうだ。


このような『魔族』と呼ばれる種族以外にも、少数だが『エルフ』や『ゴブリン』、『ドワーフ』など様々な種族が混じっているようだ。神族の地にも人間以外の種族が混じっているらしい。


 そして魔王はというと、ついこの前まで魔王は勇者の手によって封印されていたらしいではないか。


なんと使えない魔王なのか。というのは声には出さず、心の中で抑えることにした。


 ここまでが瞬間移動中に聞いたことだ。


 そして今いる場所が5階の王の間だ。

 目の前にいかにもって感じの椅子があり、その後ろには私が魔王だと言わんばかりの巨大写真が貼ってあった。


「お前、すごい自分が好きなんだな…」


俺はその巨大な写真に驚きを隠せなかった。自分一人でとったプリクラをデカデカと飾っているようなものだ。思わず苦笑いするのも無理はない。


「まぁな。この世で1番美しいのはこの私だからな」


 はっはっはっ!と女性らしからぬ笑い方で俺の嫌味は弾き飛ばされた。


さらに何の恥じらいもないらしい。


 こいつ、恥というものを知らないな。


「因みに言うと、私の体も絶品だぞ?」


 そう言うと開けた胸元をさらに広げて見せた。

右胸には小さな黒子がチラリと見え、それが見えるという事は付けていないということだ。


いかんいかん、理性を保て。


「ふんっ。そんな育ち尽くした熟熟胸なんて興味無いね!」


 いや、ほんとはめちゃくちゃ興味あるんだけどね…


「な、なんだとぉ!?そんなことを言われたのは生まれて初めてだ!」


「おうおう初めてが俺で良かったな」


 むきぃー!と顔を真っ赤に染めながら奇声を発する姿はまるでモンキーの様だった。そんなモンキー魔王様の怒りを華麗に受け流し、俺は話題転換の為に咳払いを一つした。


「で、俺はこれからどうすればいいんだ?」


 無駄話はこれまで。と咳払いに気付かず奇声を上げ続ける魔王様を手で制し、これからの話について切り替える。


「勿論俺は神族側では敵視されているわけだ。いつ俺を殺しに来てもおかしくない。これでも一応勇者な訳で、万一俺が強いなんてこともあるかもとか思っちゃったりしてんじゃないの?」


 その可能性は大いに有り得る。勇者と名のつく者は全員異世界人らしいし、そんな輩に異世界の情報を渡すわけにも行かないだろう。協力しない者は容赦なく切り殺すはずだ。


「うむ。流石適応の能力者。話がわかるな」


 適応の能力…やっぱりそういうことなのか。


「まぁこの城にいる限りは大丈夫だろう。神族には見えないようになっている。それに、ここの守りは堅いからな」


得意げに言う魔王だったが、俺は今一つ安心できない。大陸ごとぶっ飛ばしたりなんかしたら元も子もないからな。


「そうか。だが俺もここでのんびり暮らしているわけにも行かないんだろ?」


しかしここは話を進めるためにもあえて突っ込まないことにした。


「そうだ。先程も話した通りかなりピンチな状況なんだ」


 この先の話は理解出来てる。俺を頼ってこの危機から逃れるってところだろう。

 酷く言えば、結局この地でも道具として扱われるということ。もともと先程の戦争もその道具を持ち帰るためのものらしいし、それ以外に異世界人は多分使い物にならない。


 だけど


 ーーーーまってくれ…ーーーー


「頼む。私たちに力を貸してくれないか」


頭を低く下げる魔王に俺は嫌だと言いたい。

恥を偲んで膝をつく魔王に俺は道具じゃないと言いたい。

勇者を滅ぼすという目的は、魔族の味方になると同じことでも、道具に成り下がるのは嫌だと言いたい。

魔王もそれを理解しているはずだ。



 だけど




「この景色を見ちまったしな」


 王の間には大きな窓が幾つもあった。

 その窓から見える魔族の地の景色は…


「いい景色だ」


 子供たちが、切磋琢磨し剣術をならっている。


 男達が、掛け声を掛け合いながら力仕事をしている。


 女達が、大きな畑で一つ一つ丁寧に苗を植えている。


 老人達が、笑いながら会話をしている。


 姿形はそれぞれ違えども、それを埋めるだけの絆がある。信頼がある。

 俺はそれを一目見ただけで分かった。


 公園に咲いている花花が、噴水の飛沫によって煌めいている。


 空は青く、透き通った空気が流れている。


 静かに立つ風車はその空気を循環させるようにゆっくりと回りっている。


 一面緑で覆い尽くされた農場は昔住んでいた田舎を思い出させた。心が落ち着いた。


 魔族の地。

 こんな言い方をされているが、俺から言わせてみればここは天国だった。

 元いた世界では見れなかった光景。

 俺はその光景に心を打たれた。

 気持ちが良かった。


 だから


 ーーーーだめだ…ーーーー


「いいぜ。俺はこの景色を守りたい。もっと豊かにして、幸せにしてやりたい。それに言っただろ。勇者共をぶっ飛ばしてやりたいってさ」


 俺は覚悟をした。


「お前の国はとても素敵だよ」


 何があってもこの国を守ってみせると。


「ありがとう……本当に、感謝するよ」


 俺の横で顔を赤らめてゆっくりと頷くのが分かった。

 俺はその魔王に可愛さを感じた。俺はもっと女王様系の魔王かと思っていた。

 案外良い子なのかもしれない。

 いや、国民の為に奮闘してるんだから良い子に決まっているか。


「ん、まてよ?お前今何歳だ?」


 魔王っていえば…


「あぁ。生まれてから500年は経ってるな、そこから数えてないけど」


 はぁー。と大きくため息をついてしまった。


「やっぱり熟してるじゃないっすか」


「なんだとこの童貞野郎!」


「別にそこは関係ねぇだろ!?」



 ーーーーそんな感じで俺はこの国を守ることになった。まだまだ消化不良のこともあるが、そこは日を追うごとに解けて行くだろう。


 何故俺が召喚対象に選ばれたのか。

 あの湖の声は誰の声だったのか。

 そしてこの能力、一つだけ解ったことがあったがほかの用途が見つからない。


 だが俺は、近々この能力をフル活用する時が来るかもしれないと何となく思った。


 あ、あと魔王の名前もまだ聞いてなかったな。


 村の人々に挨拶をしなければならないのだが、この地の人は異世界人を宿敵と認識しているらしい。だから異世界人と言うのは厳禁。


 さて、俺の異世界物語はまだまだ始まったばかり。これから楽しく暮らして行けたらいいなと、簡単に考えてしまった。



 ーーーー届いて…くれ…ーーーー



 そして俺は呼びかける声に一切気が付かず、魔王の策略にはまってしまった。

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