終わりという名の始まり
ーーだから、駄目って言ったのに。
俺は最初から騙されていたのか。
でもどうして俺の時だけ。
いや、もしかすると全ての勇者がこいつらの手によって奴隷として働かされているのかもしれない。
この世界から見て異世界人を召喚することは容易いことらしい。それはつまり…
いやいや、そんなこと有り得ないだろう。
何か条件が必要だったりするに決まっている。
俺はそんなことを考えながら馬車に乗っていた。どこがどうなって魔王と神族の王が繋がったのか。全く解らなかった。
ただ一つ解るのは、〈逆らったら殺される〉それだけだった。『適応の能力』とやらの使い方が分かれば話は別だが、今は全くの無力だ。
だから、逆らいたくても逆らえない。
これが現状だった。
俺と魔王とルマーを乗せた馬車は、魔族が住み着く街へと向かわずに、街より西の方角へ進んでいた。
魔王の持っているコンパスらしき物がそれを示している。
俺はここで何かに引っ掛かった。
頭の片隅で、これはおかしい、何か不自然なことがあると訴えている。
しかしその訴えは次のルマーの言葉で消えてしまうほど小さなものだった。
「よし、ここまで来れば安全だろう。街を焼く尽くすぞ」
森の入口で馬を止め、無表情でそう言い放つと、小型で円形の道具を取り出した。
その道具はドーナツ型で、中央の穴からは青色の光が街へ向かって放たれていた。
「準備が出来次第、火を放て」
ルマーが穴に向かって呟くと、青色の光が黄色の光へと変化していった。青い光が全て黄色へと変色した瞬間、俺が見ていた景色は跡形もなく焼き尽くされてしまうだろう。
「もう…訳が分からない……」
俺は何の為に召喚されたのか、何の為に魔族の見方になろうと思ったのか、何故勇者達を倒してやろうと思ったのか。
全てが解らなかった。理解出来なかった。
「俺は…ここから何をすればいいんだ……」
別に誰に話しかけているわけでもない。ただ、答えが欲しかった。
ここに来てほんの小一時間で俺の心は粉々に砕け散った。
赤の他人とはいえ、人が死ぬということは言葉に表せない切なさがある。
しかもあれだけグロテスクなものを見れば、平常心を保っている方が凄いというものだろう。
頭が痛い。
気持ちが悪い。
死にたい。
俺の心は完全に堕ちきっていた。
しかし、ルマーと魔王はそんな俺を無視し、問いの答えを話した。
「君にはこれから、その能力で君の世界を壊しに行ってもらう」
俺はルマーの声を聞きたくなかった。
答えを求めて発したはずの言葉を忘れ、全てを投げ出そうとする。
ルマーが話す内容などどうでもいい。
もう帰りたい。
それだけが俺の頭の中を駆け巡り、胃から上るものを吐き続けていることにも気が付かなかった。
どうしたら帰れるか。そんな作戦を考えている余裕もない。
ーーその身体を捨てなさい。
何かが聞こえた気がした。
空耳と思えるほどの小さな声。
でもその声は透き通っていて、透明色をしていた。
「……え」
俺はその声に引き戻されたのか、いつの間にかルマーの声が聞こえるようになっていた。
ルマーが高笑いをし、魔王がルマーの腕に抱きつき不敵な笑みを浮かべていた。
その二人の目線の先には、燃え盛る街があった。
まだ青色が残っていた光は全て黄色く変色しており、その光を放つ円形の道具からは子供の悲鳴が聞こえていた。
子供だけじゃない。
まだ話すことも出来ない赤ん坊の鳴き声、
必死に子供を守ろうとする母親の叫び声、
もうどうすることも出来ないと悟った老人の呻き声。
誰もが熱い、熱い、熱いと泣き叫ぶ。
許せない。空っぽだった心の中に怒りだけが溜まり、溢れ出す。
「はぁ……はぁ……」
眉間に皺を寄せ、息を荒げて全身に力をいれた。
気付けば俺は、ルマーへ拳を向けていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
暗い。
ーーそれでいいのよ。
また、声が聞こえた。
今度ははっきりと、透き通った透明色の声が聞こえた。
この暗闇を明るく照らすかのような声。
「お前の代わりはいくらでもいる」
次は狂気と殺気に満ちた声が聞こえた。
おもちゃに遊び飽きた子供のような言い方だった。
お前じゃない。
ーーさぁ、こっちへおいでなさい。
再び、希望に満ちた声が聞こえた。
その声は俺を全力で迎え入れようとしていた。
優しい声だった。
ーーその体を捨てなさい。
あぁ。この声に任せて眠りたい。
早くこんな暗いところから抜け出したい。
外の世界に行きたい。
ーーその殻から抜け出すのです
抜け出す……
その言葉を口に出そうとした瞬間、暗闇に小さな光がみえた。
その光へ辿り着けばこの暗闇から抜け出せるのだと理解した。
早く、速く、ここから出たい。
必死にその光へ向かって手を伸ばした。不思議と、足を動かしたり泳いだりという感覚が無かった。
やろうとしても出来ないのだ。
そして、その伸ばした手が光へと触れた瞬間、
ーーーーーーーーーーーーーーー
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
ーーは
俺は、泣き叫ぶことしか出来なくなっていた。
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