裏切りのプリンセス

 神族の地にて

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「くそ!こいつら全員息をしていないぞ!」


 そう言ったのは神族騎士団団長、シムベダー・ウロクロナだった。


 シムベダーは捕獲した魔物を乱暴に掴み取り、口を耳に当てた。

 その魔物は目や体が動いているにも関わらず、呼吸をしていなかった。


「団長!こちらも息をしていないようです!」


 気を付けをしながら若い兵士が叫んだ。


「こちらも息をしていません!」


 兵士達が次々に同じ言葉を発する。


「なんだと…つまりこれは、あの勇者を連れていくための罠だったということか…」


 思い返してみると、何処と無く生物らしくない動きをしていた気がする。

 ふらふら空を飛んでいたり、急停止したりとかなり不安定だった。

 その割に攻撃力はかなり高く、施設や兵士がかなりやられてしまった。


「だが、収穫はあった」


 副団長、ヨダル・ウィバセインが静かに声をかけた。そして、厳つい顔から伸びる顎髭に手を当て、どこぞの名探偵のように目を瞑りながら話を続ける。


「魔王が復活したのは確かだが、まだ未完成と感じられる。それに、わざわざ生成に時間がかかる魔人形を作り出すほどに兵力が足りなかったんじゃないか」


 ヨルダ推測は的を射ていた。この人はいつも頭が回る。作戦を立てるのはいつもヨルダの役目だ。


「そうか…なら、今の内に攻めていくべきなのかもしれない。この波に乗った状態で仕掛ければ魔族の地を占拠出来るかもしれん」






 魔族の地にて

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「この二人が神族の地で一番厄介な兵士だ」


 眉間に皺を寄せ、人差し指で似顔絵を指しながらそう言った。

 この地で最強の魔王でさえもを唸らせるその二人は、年齢はかなりいっているものの、身体は全く老いておらず、強靭な肉体を持ち合わせているようだ。

 あのか〇仙人ですら超えてしまう肉体だろう。


「うへー、そんなごっつごつの兵士が団長、副団長と務めてんのか…まぁいかにもって感じだな」


 俺は神族側の戦力がどれ程のものなのかを聞いていた。

 その状況は思ったより酷いものだった。

 勇者の他にそんなに強いやつがいるなんて思ってもみなかった上に、土地が少なく、飢饉に陥ろうとしていた。

 そこそこの兵士はいるとは考えていたが、まさか一人で魔物50頭も狩り殺しす程だとは思っていなかった。

 さらに、神族の地と魔族の地では貧富の差が激しく、例えるなら貴族と平民くらいの差があるそうだ。


「という訳で、私たちの状況はかなりピンチなのだ」


「その状況はどうしたら打開出来るんだ?まさか神族の地を占領して住人を奴隷にしようなんて考えていないよな?」


 そんなことが起ころうものなら速攻でこの約束は無かったことにする。甘えた考えだが、人殺しにはなりたくないし、それ以上酷いことも勿論したくない。


「当たり前だ!そんなことするつもりなどない!」


 先程まで落ち着いて話していた魔王は急に怒鳴り声を上げ、前のめりになって俺を睨んだ。


 感情の差が激しいやつだな。

 まぁとにかく嘘をついているようには見えないし、取り敢えずは大丈夫だろう。

 俺を救ってくれたしな。


「それなら良かったよ。で、どうするんだ?」


「交渉をする」


 頭がおかしいのかと思ってしまった。

 今まで分かり合えなかった者同士が今更どうして手を結んだりするだろうか。


「頭がおかしいと思うのは理解出来る」


 エスパーか何かか。


「だが私はやってみせる。勿論無計画で挑もうなんて馬鹿なことはしない。賞賛もある」


「どうして言い切れる?」


「今の王が魔族の子だからだ」


 そういうことか。結構複雑な環境なんだな今世紀の異世界は。


 あれ、なんで俺はこんなにもあっさりと話の流れを掴んだのだろうか。


「理解出来たようだが一応説明しておこう。先代の王は今は亡き人となったが、人間という種族の中では心優しい人だったーーーー」


 ーーーーある日のこと。

 その王は朝早くから商人と交渉をしていたそうだ。まだ太陽が出ていない時間で、人もその二人以外いなかった。


 交渉を終え、王が路地裏に入ると何処からか鳴き声が聞こえた。それも人間に近い泣き方だったそうだ。

 その声の方へ行ってみると、小さい木箱の中に人間とデビルのハーフの子が捨てられていた。王は見て見ぬ振りが出来ずに持ち帰ってしまった。


 それから王はその子を人間として育て上げた。デビルのハーフという事は本人にも言っていなかった。


 だがある日、王はその子の背中に魔法でこの出来事を書き記した。いつの日か魔王がその文を読む時が来ることを願ってーーーー





「なるほどな。それを見たのはお前が封じ込まれる前か?」


「いや、ついこの前一人で神族の他に行ったんだがその時たまたま王を見かけてな。それで気が付いたんだ」


 なんとも信憑性に欠ける話だが、ここは魔王を信じることにしよう。


「そこでお前はそれを武器に交渉をしようっていう魂胆か」


 無理があるな。王がその事実をどう受け止めるかは解らないが、良くない方へ動く事可能性が高い。

 しかもそれでは結局出たとこ勝負って感じじゃないか。


「あぁ。そこで、君の協力が必ーーーー」



 ドオオオオオオオ!!



 その爆音と共に足元がぐらついた。


 木々が激しく揺れるのがみえた。


 小石や砂が窓にぶつかり、砕け散った。


 人々が騒ぎ始めた。


 俺の中で、何かが破壊された気がした。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「くそ!まさかこんなに早く攻めてくるとは思っていなかった!」


 最初の爆撃であの景色は亡きものとなってしまっていた。

 街の人達は武器を手に持ち、攻めてきた神族達と闘っている。ちらほら見えるのはあちこちから血を流して死んでいる農民。

 爆弾の着弾地点は農場の方だったようだ。


 そんな中、俺と魔王は死体や瓦礫を掻き分けて戦場の最前線へと向かっていた。


「それより、どうして魔族の地まで入ってこれたんだ!地と地の間には溝があるんじゃないのか!?」


 そのはずだ。巨大な溝はそう簡単に超えられるものじゃない。瞬間移動中に少しだけ見えたそれは、この世のどんな生物でさえ飲み込んでしまうような、それほどにまで巨大だった。

 空を飛べる種族がいれば話は別だが、魔王によると魔族以外存在しないと言う。


「もしかして、魔族以外にも空を飛べる種族がいるのか?」


 魔王がうっかり…なんていうこともあろうかと思い、もう一度確認しておく。


「だからそれは無いと言っているだろう。空を飛べるのは魔族だけ。神族達は手で作った機会でしか飛行出来ない」


 つまり、神族達は身体能力で劣っている分、それを補うだけの技術があるということか。


「ってことは…」


 ここで俺は、あることに気が付いてしまった。この技術を悪用して国を攻撃するやり方。それは、俺が住んでいた地球の人々と同じやり方だった。


 核兵器だ何だのを作り出しては攻撃し、結果が出てからこれでは駄目だと後悔する。遅過ぎる気付きを繰り返しながら、その気付きの分だけ戦争が繰り返されてきた。


 この世界もそれをやろうとしている。


「あぁ、技術があるだけ何を作り出すか分からないということだ」


 魔王も気付いていたのか。

 しかし、それを知ってて何故こんなにも悠長にしていたのか。俺は魔王の考えが解らなかった。


「……」




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どれくらい走っただろうか。


 花が煌めいていた公園を抜け、


 緑が隙間なく広がっていた農場を抜け、


 空気を循環させていたいた風車の横を通り、


 楽しく会話をしていた老人達を横切り、


 忙しく働いていた女達を掻き分けて、


 走り続けた。

 もう今はない景色を思い出して、それを忘れようと努力した。

 たった一度、ほんの数分の景色に悲しみが込み上げてくる。


 煌めいていた花々は泥や砂に塗れて汚れ、

 噴水の蒼い水は血で赤く染まっていた。


 一面緑色で平坦だった農場にはぽっかりと巨大な穴が空いていた。動物も作物も小屋も吹き飛び、農場の跡は何も残っていない。


 風を循環させていた風車は、羽根車を半分以上失い、回る事はもう不可能な状態だった。


 農場近くで楽しげに話していた老人達は、顔が無かったり腕が無かったりと無残な形で転がっていた。中には笑いながら倒れているものもいた。しかし、体の半分を失っており、もう二度とその口から言葉を発することは無いだろう。

 一瞬の出来事だったんだ。死んだのに気が付かないのも無理はない。


 忙しく働いていた女達は、腹を着られていたり、服を脱がされていたりと酷い有様だった。俺が見た時より数がかなり少ない。多分、連れていかれたのだろう。その先の事は考えたくもなかった。


 澄んでいた空は煙や砂埃で覆われていた。



「……」


 俺も魔王も無言で走り続けた。


 どれくらい走り続けただろうか。疲れと悲しさと気持ち悪さで吐き気が込み上げていた。


 走りながら、胃から口へ重力に逆らって登り寄るものを吐き出した頃、ようやく人混みが見えてきた。


 魔族の兵士と神族の兵士が闘っているのが分かった。


 ここまで来ると一般市民はおらず、負傷した兵士を介護するために医療員が慌ただしく動いていた。


 さらに前線へと進む。


 魔王が不意に俺の手を掴み、跳躍した。雄叫びを上げながら闘っている兵士達の頭を上を飛び越えて、神族側から見て一番後ろにいた親族の王の元で着地した。


 王は旗を掲げながら馬に乗っていた。

 顔立ちは整っており、目つきが鋭く、何より王の名に相応しいオーラを放っていた。

 そのオーラに圧倒されそうになったが、どうにかして平常心を保つ。


「神族の王、ルマー・トイレア様」


 魔王が王の名を呼んだ。

 片膝を地に着き、まるで家来のような振る舞いをする。


「よく来たな、ここで長い話もしたくない。早めに片付けるぞ」


 二人は視線を交わすと不敵に微笑んだ。




 俺は、魔王によって嵌められていた。

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