リスタート

俺が生まれて一週間

ーーいつも俺はそうだった。


一つ注意をすればいじめられっ子と言われ、

一つ頼みごとをすれば恐れ戦かれ、

一つ発言をすれば黙り込まれる。


俺はこの目つきの悪さから、人から避けられるようになっていた。それでもこんな俺を友達として迎え入れてくれる者もいたが、そんな心優しい人はほんのわずかだった。


そのレベルで目付きが悪かった俺は今。


「ばぶぅ……」


とてもつぶらな瞳をしている。

鏡の前で口を開けてみたが、やはり歯が一本も生えておらず、〈ううむ〉と呟いたはずの俺の声は〈ばぶぅ〉と変換される始末。


自分の姿を自分で見て解るように、俺は赤ちゃんになってしまっていた。

年齢は生後一週間、つい一週間前に暗闇から抜け出したばかりなのだ。


母親の名は『アンデラ・セスィバー』というらしい。この前医師がそう呼んでいたのを聞いた。

どうやらこの世界にも名字と名前があるらしい。名字が後半部分、名前が前半部分であり

母親を例にすると、セスィバーが名字でアンデラが名前ということになる。


そして俺の名は『レント・セスィバー』に改正されていた。いや、改正されていたと言ってもこの世界ではかなり不自然な名前だった。複雑怪奇な状況に俺の頭はまだ整理が着いていない。


だが、幾つか仮定を立てることは出来た。


まず、『適応の能力』について。

この能力はどんな状況にも柔軟に対応することが出来る能力らしい。それはつまり、各状況において最善の策が自動的に発動するということになるのかもしれない。


その他にも、異世界召喚をすぐに受け入れることが出来たり、魔王の話を理解出来たりと、まぁ簡単に言えば頭が回るようになったということだろう。


次にこの状況についてだが、そんなそこそこ便利だと思われる『適応の能力』が発動し、このようなイレギュラーなことが起こってしまったと考えられる。


そうなると、この状況は魔王と神族の王を止める最善の策ということになる。

しかし、そこから先がまるで解らない。

俺の未来は空白であり、また一から成長し直さなくてはならない。こんな酷い話があるだろうか。


もしも、もしも俺が前世と同じ容姿で育ってしまうのだとしたら自殺まで考えそうだ。

あの地獄の日々を繰り返すなんて正気の沙汰じゃない。いつ引きこもりになってもおかしくないレベルだったのだ。


だが、ここは異世界だ。

逆に考えると最高のリスタートということになる。エルフの美少女と触れ合い、目付きをカバーする性格で人気者になる。これまで培ってきた経験を生かしてこの世界を有意義に過ごす。


そんな都合の良い話があるだろうか。俺は魔王の件を解決しないと多分、また巻き戻される。そんなゼロからみたいな生活は嫌だ。


「あ、はうあうばうはあう…」

(あ、原作読もうと思って忘れてたな…)


あぁ、喋れないというのはなんともイライラすることだろうか。歩けもしないし食べ物も美味しくない。正直辛い。

母親の母乳は全く良いものではなく、興奮とかは一切無かった。


しかし、母親はかなり美人な方だと思う。

腰より数センチ長い髪は青色に染まっており、二重の瞳は黄色く輝いている。口は小さく、ハンバーガーなんて食べたら飲み込めないのではないかと思う程だ。


この世界の結婚可能年齢は分からないが、この母親は相当若いのではないか。


「おーいレントーレントちゃんはいるかな~?」


いや、この父親を見ると考えを改め直さなければならないかと思う。

年齢はいいとこ四十前半だろう。

年の差婚ってやつかとも思ったが、二人ともアルバムを見て笑あったりしていた。


父の名は『エイサル・セスィバー』というらしい。右目に大きな傷があり、厳つい顔をさらに厳つくさせている。体格は言うまでもなくガッチリしている。


そんな父は、俺と母の有意義な時間をぶった斬りに子供部屋へとやって来るや否や、俺は母の柔らかい腕から父のガチガチの腕へと移された。


「ばっぶぅ!」

(コノヤロウ!)


怒りを込めて腹から声を出したが、その声を父親は


「ん?嬉しいって?いい子でちゅねー」


なんて脳内変換していた。

すごいポジティブな人なのか。


「はうあーぅあ」

(いや、ただ馬鹿なだけかな)



ーーーーーーーーーーーーーーー


俺はあれからさらに三週間、この家にある物を調べ尽くした。

この家はそこそこ広く、寝室から図書室まで

ーーと言っても小さな部屋に本が少しだけ並んでいるくらいだがーーある便利な家だった。


本を読んで分かったのは、ここが魔族の地ということだ。本の内容のほとんどは魔族目線で描かれており、神族を敵に見立てた物語が多かった。


そして、この魔族の地には王都を中心とした西陸、北陸、東陸、南陸があり、魔王の城は西陸の中央にあるらしい。あの巨大な溝は魔族の地を囲むように存在しており、神族の地は北陸から溝を越えた、さらに北の方にある。


神族の兵士がどうやってその溝を渡ってきたのかは概ね想像がついている。魔王の協力あってのものだとしか考えられない。

一体いつから手を組んでいたのだろうか。

ここまで戻されたということは今にでも手を組もうとしているのかもしれない。


本から得られたことはまだある。

魔王が瞬間移動中に言っていた『竜人』と『馬人』についてだ。


『竜人』については、龍と人のハーフから成った生物らしい。人の顔をしているが、体は竜と同じ機能をしており、人間語を話したり空を飛んだり火を吹いたりと、敵にするとかなり厄介な種族だそうだ。

気性が荒い者が多いようだが、魔族に対しては友好的で人や物を運んだりしてくれると記述されていた。

簡単に言えば飛行機に知能が備わったような感じだ。


『馬人』についてだが、こちらも人の顔をしており、体は馬と同じで肥爪やら尻尾やらが備わっているようだ。勿論人間語も話せる。気性は穏やかな方で基本的に優しい種族らしい。

こっちは車に知能が備わった感じだ。


本から得られたことはこれくらいだった。

読んでいて面白いものは少なかったが、この世界の基本情報を知れたのは大きい。

まだ神族の地のことに関しては何も知らないが、その情報はこれから集めればいい。


そんなことよりだ、俺が本より気になっていたものがあった。

それは異世界には必要不可欠な成分であり、なくてはならないものだった。


その名は『魔法』。

誰もが憧れ、夢を描くであろうそれはこの世界に存在していた。

俺を呼び出したのもその魔法によるものだろう。


元々異世界で生まれ育った俺には、そもそも魔法の源が無かった。しかし今はどうだ。

異世界人から生まれた訳だからその血も受け継いでいるはずだ。

魔法の源、つまり異世界人の血が流れていれば魔法が操れても不思議ではない。


「ばぁぶぅ……」

(しかしなぁ……)


どうやって魔法を出すか分からないのだ。

それが分からなければ魔法なんて無いも同然。将来的に魔王とやりあうなら強力な魔法を使えるようになっていなくては話にならない。

そうなると早め早めに行動したい。

才能を磨くには小さい頃からの積み重ねが必要って言うしな。とにかく魔法に関しては、調べるだけではなく自分で体験してみないことには前に進めない。


それと、どのくらいの年齢でどのレベルの魔法が使えるのかも知っておきたい。やっと使えるようになったと思ったら他の子達はさらに上の魔法を使ってました、なんてことになったら一歩遅れるどころの話じゃない。

今が大切なのではない。その先が大切なのだ。

その場しのぎでは駄目だ。テストで合格さえすれば良いとかそんな簡単な話ではない。

これは人生をかけた戦いだ。








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