魔法のセンス

 どうやって魔法を出すか、それだけをずっと考えていた。手を翳して力を込めてみたり、ちんか〇ほいとか心の中で唱えてみたり、鉛筆を振ってみたりと試行錯誤を重ねていた。


 そんなある日、その時は訪れた。


「おーいレントー」


 父の図太い声が一階から聞こえてきた。

 今回はレントちゃんチュッチュ~って感じの用事ではなさそうだ。

 仕方なく部屋のドアを開け、四つん這いで階段の手前まで出る。


「ばぁーぶ」

(なんだよ)


 適当に返事をしたつもりだったが、父は大喜びで階段を駆け上がってきた。


「おお~!返事が出来たなー!!」


 そう言って俺を抱き上げると、伸びかけの顎髭をすりすりーーというかジョリジョリーーして来た。

 普通にってかかなり痛い。まだ俺の肌は弱いんだぞ。


「ばっば~ぶっわ!!」

(痛いやめろ!)


 俺は耐えきれず悲鳴を上げるとこればかりは理解したようで、ごめんごめんと言いながら俺を下ろした。


「そうそう、俺はレントに魔法を教えてやろうと思っていたんだ。すっかり忘れるところだった」


 魔法!?これはかなりのチャンスだ。絶対にこの身に魔法の使い方を叩き込んでやる。


「よーし部屋を借りるぞ~」


 そう言って俺の部屋へ入り、ポケットの中から長い棒を取り出した。


「これは杖と呼ばれるものでな、これが無いと魔法は使えないんだ」


 ん?となると俺が考えていた異世界人の血筋に関しては大ハズレだったということか?


「でも、異世界人には使えない。この世界の人の血が流れていないと駄目なんだ」


 俺の心を読んだかのように付け加えた。

 だが、もしかするとそんなこともあり得るかもしれない。俺がいた世界の化学という概念と真逆の存在、いや、類するとも言える未知数の存在だ。

 化学があそこまで成長したように、魔法だって上限がどのくらいなのか分からない。


 核兵器の様に一瞬で街を吹き飛ばす魔法だったり、銃の様に一発で命の灯りを消す魔法だったり、毒の様に苦しませながら殺す魔法だってあるかもしれない。

 一歩間違えれば科学より危険な存在。


 何としてでも、ものにしなくてはならない。


 俺は父が話す内容を一字一句聞き逃さぬよう、これまでに無いほどの集中力で話を聞いた。


「見てろよ、今からそこに転がっている積み木を手を触れずに積み立てよう」


 そう言って杖の端を人差し指を立てて握り、その手を積み木の方へ持ち上げてそのまま手首を一回転させた。


 積み木は何かに引っ張られるかのように、大きいものから小さいものへと順に積み上げられていった。


 魔法というものがどんなものかなど勿論知っていた。だが、直に見るのとアニメで見るのとでは天と地ほどの差があった。


 一つ、アニメでは呪文を唱えるだけで爆発とかエクス〇ロー〇ョンとか爆発とかしていたが、しっかりと杖を使い手を動かさないと発動しない。


 一つ、頭でその物体がどのように動くのかや、どんな成分がどうなって発動するのかなど、様々な条件が必要だということ。


 一つ、簡単な魔法は呪文を唱えずに発動出来るが、難しい魔法になればなるほどイメージ力や知識に加え、洗練された動作や魔力を消費するということ。魔力というのはその血筋にもよるが、上限という上限は存在せず経験やイメージのセンスなどでその値が左右される。


 これは後々聞いた話だが、これらを習得した上での魔法だったのだから臨場感というものがあった。たとえ小さな魔法でもそう簡単に発動出来ないらしい。やはり俺の父はかなり腕が立つ兵士のようだ。


「ばーぶ」

(かして)


 そんな兵士に教えて貰える赤ん坊がどこにいるだろうか。言葉が話せない為に、教えて欲しい時に教えてもらえることが出来ない。だから、このチャンスを逃すわけには行かなかった。


 俺は右腕を父へ出し、人差し指で杖を指した。


 さぁ、これで伝わるだろうか。


 かなり鈍感だと思われる父に意思疎通をするのはとても難しいことだ。これで伝わらなかったら、言葉が話せるようになるまで魔法はお預けだろう。


 恐る恐る父の目を見た。

 父の顔はいつに無くにこやかで、待ってましたと言わんばかりの声で、


「魔法を教えて欲しいのか!仕方ないなー」


 と言った。


 ムカツク……



 だが、父が俺に杖を持たせた直後にあっと声を漏らした。


「お前、話せないしイメージも出来ないか」


 とてつもなく今更感のあるセリフだったが、俺はそれを無視して、積み木の隣に転がっているプラスチックの野球ボールに向かって杖を翳した。


 話せなくともイメージは出来る。

 目を閉じ、精神を落ち着かせた。

 重力によって引き付けられているボールが、万有引力を無視して宙へと浮かび上がるイメージ。

 人が物を持ち上げる時、上に向かって作用する力の感覚。

 プラスチックの触り心地に重さ、匂いまでをも思い出す。

 最後に忘れていけないのは手の動き。

 腕を動かさず、手首だけが円を描いて停止する。


 これ以上にない集中力で、ボールを浮かせることだけを考えた。

 今まで積み重ねてきた学力がここで生きる。

 今までラノベで培ったイメージ力がここで役立つ。


 さぁ、浮かんでくれ。


 杖先に何かのエネルギーが感じられ、目を開けた。

 杖の先からはオレンジ色の靄が放たれており、靄を目で追うと野球ボールに辿り着いた。

 その野球ボールは靄に包まれて宙に浮いていた。


「お、お前……レント…」


 父の顔を見上げると、目と口をだらしなく閉じたり開けたりしていた。

 正直自分でも驚いた。

 まさか一発で成功するとは思わなかったからだ。それに、魔力が足りずにイメージとかいう問題ではないかもしれないと思っていた。


「ばいぶぶばぶ」

(成功した)


 驚きが通り過ぎて行くと、してやったりという気分になった。父はこれを見て、俺には才能があると感じ取ったに違いない。となると、何も頼まずとも強制的に魔法を教えこまれるだろう。


「ばーぶ!」

(どーだ!)


 俺はドヤ顔でピースを作った。


 その後父は大喜びで母にこのことを報告すると同時に、早速魔法を教えこもうと張り切って俺用の杖を購入した。


 こうして俺は五歳まで英才教育を受けた。と言っても、家庭教師をつけられるわけでも特別施設へ送り込まれるわけでもなく、父から一日三時間みっちり稽古をしてもらったくらいだった。それでも父の教え方はピカイチで、内容の濃い訓練を受けることが出来た。


 さらに、五歳からは低魔法学校に通わなければならない。これは魔族の地で義務付けられており、五歳になる子供たちがそこで四年間魔法を含めた基礎知識や剣術を学ぶのだ。


 父は王都の学校へ行けと行ったが、俺は家から通える地元の学校が良いと言ってそれを押し切った。

 父から教えてもらえなくなるのはかなり勿体ないと思う他、母の負担も相当なものだろうという配慮のもとこれが一番良い選択だと判断した。


 母は俺が生まれる前から声が出ない。

 理由は父も話してくれないが、何か良くないことがあったのは確かだった。俺もあまり深く追求しなかったが、いつか話してやろうと約束をしてもらった。


 あの透き通った声。

 その正体は母親かと思っていたが、これでは確かめようがない。その辺のことも聞いたり探ったりとはしなかった。



 さて、今日は学校への初登校となる日。

 入学式の日だ。

 俺は鼻歌を唄いながら歩いて行った。

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