ファーストコンタクト
地方の学校。
そう聞いて思い浮かべる学校はどのようなものだろうか。
俺が住んでいた所はド田舎というわけではなかったが、都会というほど都会でもなかった。しかしながら、学校はそこそこ綺麗で三階建てに加えて屋上まであった。それが普通だと思っていた。
「こ、これが学校だというのか……」
俺が考える学校はそんな学校だったのだが、ここの世界ではその概念は通用しなかった。
屋根という屋根は無く、壁という壁は無かった。
あるものといえば野ざらしにされた黒板、木の椅子に木の机だけだった。
だが、それらはそれぞれ見せ物かと思うほど磨かれており、丁寧に並べてあった。
「五十か」
一番乗りで来た俺は、暇つぶしに机の数を数え、教卓の上にあった名簿を確認した。ある程度の事は確認しておきたいし、挙動不審な行為を取ればすぐに召喚された人間だとバレてしまうかもしれない。
と言っても、魔法を使えるのはこの世界の住人だけなのでバレる可能性はほとんどないと思うが。
それでもどこでボロが出るかわからない。
さらに、勇者だとバレてしまう要因は他にあるかもしれない。
「警戒は怠れない」
「何が怠れないのかしら?」
!?
「何が、怠れないのかしら?」
「ねーねー、怠れないってどういう意味なの?」
…………
「うーーん、怠けられないみたいなものかな?あ、怠けるってのも分からないよね」
危なかった……。
早速ボロを出すところだった。
俺に声をかけてきたのは先生かと思われる人物だった。
目つきが鋭く白の眼鏡を掛けており、すらっとした体型にピタリとフィットしたスーツを着ていた。
右手には書類を、左手にはチョークらしき物を持っていた。
見た目の特徴はそれだけでなく、目と鼻が尖っているのが目立った。
肌は緑では無いもののこれは多分『ゴブリン』と呼ばれる種類だろう。
そんな厳しくて感の鋭そうな先生に嘘についてしまった。というか誤魔化しきれているのかすら怪しい。
だが、あの有名な名〇偵コ〇ンのモノマネによって危機を回避することが出来た。
「お父さんがよく言うんだけどね、よく分からないんだー」
背中に冷や汗が流れるのを感じながら、言い訳オンリーの会話を進める。
「そっかーでもきっといいお父さんだね」
彼女は優しく微笑んで俺の頭を撫でた。
魔族と言えども体温がしっかりとあり、柔らかい肌の感触が頭の細胞一つ一つに触れられて、とても気持ちが良かった。
頭を撫でられたのは実に五年ぶりだった。
父がその気になっていた為に、通常の赤子とは全く違う育て方をされてきた。
俺は別にそれを嫌だとか泣きたいとかは全く思っていなかった。
寧ろ有難いと思っていた。
しかし、人の温もりを感じたのは久しぶりで懐かしかった。
不意に、実の両親を思い出した。
今頃どうしているだろうか。俺のことを心配して探し回っているだろうか。それとも放ったらかしにしているのだろうか。
どちらかと言えば仲は良くない方だった。
必要なこと以外そんなに話さなかったし、妹が生まれてからは二人とも世話で忙しい様子だったので、さらに話すことは減っていった。
俺が召喚された時は小学になるかならないかくらいの年齢だった筈だ。
来年には中学生になっているのだろうか。それともまだ六年生なのだろうか。
心にグッと染み渡る何かを感じた。
この五年間俺は深く考えることはなかったのだが、何故だか急に寂しく感じた。
「それにしても……」
そうだ、今は異世界を生きているんだ。
特に何もしてこなかった自分を殺して、新しい自分に変わったんだ。前を向かなければならない。
「何でしょうか?」
考えていたことを振り切って、現実世界へと戻ってくる。
あれ。
「失礼かも知れませんけど……」
何か違和感を感じる。
「ここの地でデビルとハーフの人間なんて珍しいですね」
「あぁ、そんなことですか。別に失礼とか感じてませんよ。確かに珍しいみたいですからね」
神族の地でいう人間はさほど珍しいものではないが、魔族の地で人間というのは珍しい種族らしい。加えて俺は人間より珍しいと言われているデビル族のハーフだった。
デビル族は魔族の地に生息する種族だが、その脅威的な身体能力から、神族の地の人間達に滅ぼされかけた。その生き残りが、少しでも血を残すために、比較的短い期間で子供を産める人間に子供を授けたらしい。
これは家で読んだ昔話に載っていた事だったが、中々面白い話だった。
「もう少し額をよく見せてくれませんか」
ハーフデビルというのは、額に丸とインフィニティまたはメビウスリングと呼ばれるマークを重ねた様な紋章がある。
これがデビルの血を活性化させる為に必要不可欠だそうだ。
たまに紋章が付いていないハーフデビルが生まれてしまうことがあるらしい。
俺は付いていて良かったと思ったが、付いていなくとも、普通に生きていく上では問題ないみたいだ。
ということで俺の額に興味津々な彼女は、眼球を俺の額スレスレまで持ってきた。
化粧をしたであろう紅い唇が鼻に当たったが、ハァハァ興奮している獣はまるで気が付かない。
口から吐き出される息は微かにミントの香りがし、生暖かかったが嫌ではなかった。
普通に可愛いしまだ若い。これは寧ろラッキーと思うべき事態だろう。
「こ、これがあの紋章ですかか!」
クールだと思った彼女はどのに消えたのか。それほどまでに気持ちを荒げる程珍しいものなのだろう。
こんなところを人に見られたらどうなるだろうか。
俺は冷静にならなくてはいけない。
問題を起こして注目の的となる訳にはいかないのだ。
「先生、もうそろそろ人が来ますよ」
俺は優しくそう言った。
「おおっとすみません。ついつい見入ってしまいました。あ、惚れたとかいう魅入ったではないですからね」
「いや分かってますよ」
おい、一言余計だ。
だが、誰かが来る前で良かった。こんな所を他人に見られでもしたらこの先危うい。
「キス、やめちゃったの?」
俺と彼女は同時に言葉にならない声を上げて声の方を見た。
こうして俺が感じた違和感は忘れ去られ、危険な学校生活が始まったのだ。
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