非冷静的な戦闘

「……キス?」


 おいおいおい早速やばいことになったぞ。

 先生何とか誤魔化してくださいよ……。


「キスと言うより人間観察だな」


 いやそこはもう少し違う言い方しろよ!

 まぁ間違ってはいないけど。


「人間?観察?なにそれ?」


 少女は首をかしげてから人差し指を口に当てた。首を振ったことで、銀色のポニーテールが後ろで揺れる。


「ポ、ポニーテール…」


「なに萌えてるんですか。相手は幼女ですよ」




 あれ。変だ。




「あ、レント君。あの子もハーフなんですよ。ハーピーと人間の」


 ハーピー!?

 ハーピーって言ったらあの臭くてそこらじゅうでアレしまくるあのモンスターか!?


 だが、その容姿はポニーテールが良く似合う可愛らしい少女だ。

 銀色の髪と目が特徴的だが、ハーピー特有の翼と爪も目立っていた。

 赤と黒が交互に飾るチェックのパーカーに、黒一色のスカートを着こなしている。

 その色合いから、黒い翼を目立たせないようにしていることを感じさせられた。


 俺の感じた違和感はまたしても消え去り、代わりに意識はその子にこの状況の説明へと切り替わる。


 なるべく自然に。子供は感が鋭いからな。


「そんなことよりこの状況の説明です」


 俺は冷静に考えて、一つ一つ言葉を選ぶ。

 五歳相手に何してるんだと自分でも思う。だけど、下手な言い訳で後々自分を詰まらせては元も子も無い。


「そう、この女の人……てか先生?」


 そういえばこの人自己紹介をしていない。


 俺はそこまで言ってチラリと彼女の方を見る。

 彼女はそれに気付くとコクリと頷き、前に出た。


「自己紹介がまだだったな。私の名は」


 もう一歩前に出て、一拍開ける。

 息を吸う音が微かに聞こえ、さらに一拍おいてから。


「ケーテ・ミュラー。君たちの担任となる物だ」


 掛けていた眼鏡を上げてフンっと鼻で息をした。


「なんでそんなに溜めたんだよ……」


 多分この人は、かなり変だ。


「そ、そう。この変人…じゃなくて先生は俺の額についている紋章を見ていたんだ」


 それかけていた話を元の位置に戻し、少女に説明した。

 少女は紋章が何か分からなかったようだが、先生が俺の額を指で指すと納得したように頷いた。

 この紋章が珍しいことは世界共通ということで間違い無いだろう。


 とにかく、これで誤解は解けた筈だ。

 ここが高校とか大学だったら確実に変な目で見られていただろう。

 こんな事は二度と起こさないように気を付けよう。


「ふぅ、なんとか一件落着し」


 ましたね。と言いかけたが、俺より大きな声によって遮られた。


「ふざけんな!!」


 後ろの方から男の子の声が聞こえた。

 後ろをふりむくと、ポッチャリ体型の見るからにお坊ちゃまな存在が全速力でこちらへ向かっていた。


 見た目はゴブリンそのまま。

 肌は緑色で耳と目は尖っていた。

 俺がお坊ちゃまだと思ったのはその服装からだった。アニメでよく貴族が着ている感じの服を身につけ、飛び出た腹を揺らしながら走る姿は正しくそれだった。


「おい、顔が真っ赤…というかなんか汚い色になっているぞ」


 先生ズバッと言いますね。


 彼は何故か顔を真っ赤にして突進している。突進といっても足が遅い為に突進しているとは言い難い状態だった。


「顔色といい、あの姿といい色々中途半端ですね」


 俺はこれがギャグだったら大爆笑していただろう。いや、それは言い過ぎか。

 しかしこれはギャグにしか見えない。


 だが、これが油断というやつだった。


「身体強化!!ブースト!」


 お坊ちゃまの体全体が汚い色に染まり上がった。その見た目と引き換えに、急激に筋力が増加した。筋肉が引き裂かれる音がここまで聞こえてくる。


「あれは筋肉を一度に破壊し、急速に再生する呪文だ。」


 凄く物理的な呪文で残念な気持ちだったが、そんな気持ちは次の瞬間俺の体と共に吹き飛んでいた。


 隣にいたはずの先生が小さく見える。ハーピーとハーフの女の子は豆粒より小さいだろうか。

 耳が圧迫されて聞こえが悪くなる感覚がした。同時に息が苦しくなり、吸うことすら難しくなっていく。


「息が……し、死ぬ……」


 死ぬと感じた瞬間、急激に先生がビッグサイズになり、視界からフェードアウトしていった。


 これはどういうことだ。


 考えようとした刹那、体の節々から熱を感じた。


 口からは涎が垂れ流されて、目からは涙が溢れ出ていた。

 口の中に鉄の味が染み渡り、鶏肉よりもっと柔らかい感触が広がった。

 その感触に気が付いた瞬間、今度はドロっとした舌触りに変化した。

 鉄の味から薬の苦味とは異なる苦味が口を支配する。ねっとりと絡みつく苦味は、俺の胃の中をさらに掻き乱すものとなった。


 俺はあの一瞬で骨の殆どを折り、舌を噛みちぎって胃の中のものを吐き出していた。


 辛うじて動く眼球を上に持ち上げる。

 俺の目には、太った緑色の『怪物』が写った。


「お前に名前を与えよう。お前の名は、アンダードッグだ」


 その怪物はゲラゲラと笑い、俺を罵った。


 嫌気が指すね。

 たった五歳の人間を痛めつけるなんて。

 向こうの年齢は知らない。

 この世界の住人は種族毎で歳の取り方が違う。

 いや、年齢なんて関係ない。

 やられたらやり返すさ……。

 この世界でも弱い物として扱われるのはゴメンだ。


 どうしてこんなにも頭が回るのか。


「おい……売られた喧嘩を買っても文句はないよな……」


 折れた骨は元に戻った。いや、折れた骨は元に戻り筋力強化同様の原理で強靭な骨となっていた。

 魔法を唱えたわけでも、アイテムを使ったわけでもない。


 自然とそうなっていたのだ。


「おい、その紋章……まさか、お前……!」


「黙れ」


 憎たらしく微笑んでいた顔面をめがけて拳をぶつけた。

 折れた歯と離れた肉が拳に触れ、跡形もなく粉砕された。


「イタぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」


 絶叫が耳をつんざくが、気にせず回し蹴りを繰り出す。

 腹がえぐれて緑の液体が飛び散る。

 炭酸を爆発させた様な派手な飛び散り方をしたものの、長年その腹を支えてきた脚は地に着かない。


 俺は杖を取り出し、初級魔法『ビリザード』を放った。

 杖の先から出る鋭い結晶がゴブリンを囲み、足を凍らせるや否や電撃が結晶を伝って全身に絡み付いた。


 動物が焦げる臭が鼻に刺さった。


「こんな……初歩的な魔法で僕を倒せると思うなよ……!」


 ーーーーーうがぁぁぁあ゛いぃいい!


 鋭い雄叫びが野原に響き渡り、草花が舞散った。

 結晶と電撃を身に纏わせたまま俺の顔面めがけて拳を出してくるが、後ろへ跳躍して回避する。

 ゴブリンはその隙に杖を取り出し、呪文を唱えた。


「ドレイン!」


 俺は何か魔法による攻撃が来ると思ったが、何も起こらない。

 しかし、ゴブリンが歯茎が全面見えるほど口を裂いてニヤニヤしているところを見ると何かしら起こった事は間違いないだろう。


「ーーーーーーーーーー」


 ゴブリンが何か言葉を発した。、

 だが、俺はゴブリンが発した言葉の意味がわからなかった。


 さらに、今まで読めていたゴブリンの服のロゴが読めなくなっていた。

 何か俺の知らない文字で描かれている。


「ーーーーーーーーーー」


 先生が何かを口にした。

 それも理解が出来ずに音だけが耳に入ってくる。


 俺には言葉や文字だけではなく、これが何を意味しているのか全く理解出来なかった。




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