陰
俺は手が震えるのが分かった。
死ぬのは怖い。
それに、そんなスケールの大きい計画をこんな俺が阻止出来るとは思えない。
特に身体能力が良いというわけでもなく、筋力もどちらかと言ったら、というか異世界人から見たら格段に低いだろう。
そんな俺がどうして最高権力者のルマーを止めようものか。
「俺には、出来ない……」
一番現実的な答えを出した。
俺がどう足掻いたってこの運命に逆らえない。
結局はダイスの思惑通りなのだ。
いや、ダイスの描いていた物語なら俺が引き受けた、とでも言ってありきたりな主人公最強物語が出来上がっていたのではないか。
「悪いな……。お前の物語を壊しちまって」
俯き、拳を握り締め、声を震わせて謝罪を述べた。
「良いのですか?」
「え?」
なぜ問い直すのか分からなかった。
俺がルマーや魔王に適わないのはお察しなはずだ。
落ち着いた口調で、俺の目を親の顔を覚える雛鳥の様に凝視する。
「言われなくても解っているでしょう?理解しているでしょう?なぜ、拒むのですか?」
お前は俺の何を理解している。
お前が創り出した人物だとしても、俺は心を持ち、生きた人間と化してこの世界で生活していたんだ。
お前は俺のことを何も知らない。
なのにどうして、そんなに深いところまで潜ってこれるんだ……。
「俺は……。どの道を選ぶのが最善なのか判らない……。その選んだ道をどんな風に進めば良いのか解らない……。まず、この世界そのものが分からない……!俺はどうしたら良いんだ……!!」
何もかもが分からない。
お前の存在も、この世界の在り方も。
「わかってますよね?一々言わなきゃダメなんですか?」
解らない判らない分からないわからない!
「俺には……わからないんだ……」
俺はリビングからバッグを掴み取り、乱暴に靴を履いて学校まで走った。
息を荒らげてこれ以上ない早さで走った。
この現実から逃げたくて。
この物語から逃げたくて。
弱い自分から逃げたくて。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
学校に着いたのは二時間目の途中だった。
アイに会いたい。
イケメンくんに励まされたい。
その一心で学校まで走ってきた。
あの二人なら俺を助けてくれると、そう思った。いや、勝手に思い込んでいた。
ドアを開け、すみませんと一言謝罪した後静かに着席した。
まだ呼吸が完全には整っていない。
手の震えも、足の震えもまだ残っている。
バッグから教科書を取り出そうとするが、手が震えるあまり床に落下させてしまう。
「あっ……」
思わず声をもらしてしまった。
ちらほらとこちらを向く人達の視線が痛い。
アイとイケメンくんは……。
前を向いたままだった。
彼らの優しさが分かる。
この二人がいればいいと思っていた。
教科書を拾い上げ、その後は授業を上の空で受けていた。
時たまダイスの言葉を思い出した。
その度に頭の中でアイと遊んだ日々とイケメ
ンくんへ皮肉を言う日々を思い出した。
たわいもないことがとても楽しかったのだと今更ながら自覚する。
なるべく早く相談に乗ってもらいたかったが流石に学校で出来る話ではないと思い、放課後に空き地で待ち合わせることにした。
二人とも暇で丁度良かったらしい。
そして放課後、俺は先生の手伝いのために二人よりも遅れて空き地へ向かった。
早く励ましの言葉が欲しい。
早く笑い合って大丈夫、心配ないと言って欲しい。
空き地に着いた。
二人は塀にもたれかかって話をしていた。
楽しそうだ。
「お待たせ、ごめんね待たせちゃって」
俺は手を挙げながら駆け寄った。
「お疲れ様」
イケメンくんが手を振って迎えてくれた。
次いでアイもそっと手を挙げた。
空き地に入ると、子供の頃よく遊んだ記憶が蘇る。
壁の落書きは相変わらずだ。昔は地域の人達で掃除したこともあったっけ。
それから落書きは減ったと思っていたんだけど、やっぱりちょっとした落書きは絶えないようだ。
俺はそんな歴史ある壁に寄りかかった。
「で、相談ってなに?」
アイが俺の顔を覗きながら問いかける。
「仮にさ、誰かを助けるために自分を犠牲にしなくちゃいけないってなったら、二人だったらどうする」
二人はそんな素っ頓狂な話を真面目に受け止め、真剣に考えてくれた。
「私は大切な人がピンチなら、命を張ってでもその人を守りたいって思う。何もしなかったら新しい結果を生み出すことは出来ないと思うの」
アイが空を見上げながら意見を述べた。
遠い目をしていた。
誰かを想うような、何となく何とも言えない、複雑な感情が彼女を支配するように。
「俺もそう思うよ。何もしなければ定められた一つの道を歩くだけになる。そんな魂の入っていない人形のような人生なら、結果が駄目でも誰かを想って一生懸命行動したい。僕らは意思のある人間なんだ」
彼は澄ました顔で淡々とを話した。
彼らの言葉は的を射ていた。
だけど、俺が求めるものはそれじゃない。
引き止めて欲しい。
そんな無茶な事を一人でやろうとするなと言って欲しい。
仮にの話だとしても、俺だったら、私だったら自分の命を大切にしたいと言って欲しい。
「でも、そんなの怖いだろ……?」
声が震えた。
彼らなら解ってくれる。
そう思った。
急にこんな現実味の無い話をされてもって感じだろうけど、強い人間にしか出来ないようなそんな返答じゃなくて、俺みたいに弱い人間を庇うように温かい言葉をかけてほしい。
「怖くて、怖くて、どうしようもないくらいに怖かったら、どうする……。そんな勇者みたいなことが言えるか……?」
俺は勇者じゃない。
あの召喚は、戦局を一時的にひっくり返すだけのためのものだ。
別に俺でなくとも誰でもよかったのだ。
それに加えて、適応の能力とかいう訳の分からない能力が使えないと言ってがっかりされたのも事実だ。
やっぱり何の取り柄も無かった。
俺は俺のままだと、何の取り柄もないんだ。
「怖いからこそ、やらなきゃいけないんじゃないか」
真面目な顔で彼は答えた。
求めていない答えを俺の心に届くように。
やめてくれ。
お前らは強いよ。
ああ、そうだった。
彼らは俺が持っていないものを持ってる。
友達、恋人、親友。
比べて俺は何も持っていない。
彼らが俺を友達だと思ってくれているのか不安に思える日もある。
アイという初めて心を寄せた人に想いを伝えられず十年が経った。
もう彼女には恋人がいる。
どんな人間でも強い方に惹かれるのは当たり前だ。ラノベの主人公のように、心も能力も強ければそりゃあ女の子も付いてくるわ。
「そうだよ、怖くてもやらなきゃ何も変わらないよ」
「もうやめてくれ。俺はお前達みたいに強くない、俺は……心も体も……弱すぎるんだ…」
両親を見ると安心する。
アイの声を聞くと落ち着く。ドキドキする。
イケメンくんの優しさに甘えたくなる。
独りだと寂しく感じる。
なんの才能もない。
これが俺だ。
異世界へ行っても、能力を手に入れても、俺の中のものが全てリセットされない限り、必ず限界が来る。
小説の中の自分のままだったら、次第に強くなったりしてこんなことにはならなかったんだろうな。
「レント……お前に何があったのかは知らないが、自暴自棄になるな」
「もうやめてくれ!そういう説教じみたことは聞きたくない……」
二人は俺に何も言わなかった。
ごめんともふざけるなとも言わなかった。
ただ黙って、俺を見つめていた。
「俺は、どうすればいいか分からないんだ……でも今は、温かい言葉をかけて欲しかった……。ごめんな、俺から呼んどいてさ」
俺は俯き、後ろを向いた。
夕日が俺の体を照らし、影を作った。
その夕日と影は俺の心を表しているようだった。俺は今日、友達二人に背を向けた。
ラノベテンプレをぶっ壊す!俺が滅ぼす異世界物語 カリナ @Kakuinu
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