俺のいる世界はどこだ

 あの小説は俺が経験したこと、体験したことが記載されていた。

 俺はそれに驚きが隠せず、恐怖まで覚えたが現実に向き合っていかなくては前に進むことが出来ない。


 母さんと父さんと話したい。話したいことがたくさんある。

 アイの声を聞きたい。アイの癒しボイスを聞く度に心が落ち着いた。

 モテ男にまた文句が言いたい。思えばあいつには文句しか言っていなかった。


 どうしてもみんなに伝えたいことがあった。

 俺はあそこで辛い光景を目にし、殺されて、五年もの修行を耐え抜き、もう一度殺された。

 魔王には裏切られ、人々の死に様を間近で見せられた。

 殺される時は物凄く痛かった。自分の体が炎で包まれたかのように熱かった。

 母とは一度も会話をせず、父とは五年間修行と関係の無いことは何も話さなかった。

 独りで自分と闘って寂しさを紛らわした。

 ゴブリンは俺に声をかけた時から殺気を放っていた。

 俺はその殺気に恐怖し、紛らわそうと先生との会話を無理やり続けていた。

 ろくに距離も計れていなかった。


 俺が体験したことを思い出して小説と照らし合わせる。

 何でも良いからこの現象の手がかりが欲しい。

 辛くても前に進まなければならない。

 男に二言は無い。

 守りたいものを守ると誓った。

 だから俺はあそこへ戻る。


「そのための手がかり……あ」


 見つけた。

 この物語には俺の体験したことと細かな心情が書かれている。

 つまりこの小説で詳しい説明をされていない部分、この前も感じたが俺とゴブリンの距離感や、学校がどんな所にあるのかがほとんど説明されていない箇所は俺が焦っていたことを表すのではないか。


 だが、ゴブリンの殺気に恐怖を感じ焦ってしまったのは分かるが学校が建てられている場所なんて……。


「あのとき、俺は丸裸の机や椅子に驚いていた」


 そうだ、あの異様な学校という物に気を取られて周りがどういう風景なのかを全く意識していなかった。

 さらに言えば、後ろからした先生の急すぎる呼び声に驚き、勇者だとばれないよう必死に言い訳をしていて風景どころでは無かった。


 登校の道はよく思い出せない。

 何か考え事をしていた気がする。

 だが、初めて行く場所に無意識で辿り着くなんて不可能な事だ。

 何か大切なことを忘れている気がする。


「思い出せない……」


 やはり小説に書かれていないことは分からない。


 このままでは決定的な手がかりを見つけられない。

 もう一度異世界へ行くための手がかりが欲しい。

 あの時のように誰かに引っ張られるような感覚が得られれば。

 どこかにヒントはないか……。


 考えても答えが見つからない。

 小説と睨めっこを始めて約二時間、得られた情報はそれだけだった。


 一人では解決出来ない……。


 俺はサイトを閉じてホームに戻り、電話帳からアイの携帯番号を探してタップする。


「……もしもし?」


 綺麗な声だ。


「あ、ごめん急に…今時間ある?」


 俺は音量を上げてスピーカーに切り替えた。

 小説を見るのと通話を同時に行うためだ。

 男という生き物は一度に二つのことを出来ないらしいが。


「うん!大丈夫だよ」


 なんだかテンションが高い気がする。

 そういえばアイと電話するのはあの五年を抜かしても久しぶりだな。

 中二の頃か……。俺が友達関係で悩んでいた時だ。あの時はアイしか友達と呼べる人がいなかった。勿論恋人も。


「レントと電話するなんて中二の時以来だね!あの時は友」


「皆までいうな」


 このネタマジで使える。


「あの小説でさ、なにか気になったことない?」


 さて、本題に入ろう。

 俺の気持ちが変わらないうちに異世界へ行ってしまいたい。


「あー、なんかたまに出てくる『あれ』とか『変だ』とか気になるよね」


 そんなのあったか…?


 俺は得意の斜め読みを始める。

 ラノベで培った素晴らしいスキルだ。

 どのくらいの小説を制覇してきたか。


「あー、確かにあるな……見落としてた」


 俺は欠陥した情報だけに気を取られていた。

 異世界にいた時よりも頭が回らなくなっている気がする。

 それに適合の能力の謎が多すぎる。

 頭が回るっていうことが適合の能力の効果だとしたら上手く使えれば光るだろう。


 だが、それだけではないとしたら……。


 あの魔王が言っていたように本当に厄介な能力だという可能性も十分ある。


 だめだ……わからないことが多すぎる…。


「まさかレントが小説を書くなんて思ってなかったよ」


 そりゃ俺だって思ってなかったさ。

 まさかこんなことになるなんてな。


 そりゃこんな体験誰もしたこと……。


 いや、例の勇者達はここの人間だったはずだ。


 つまり……。


「このラノベの主人公達はラノベの中にいるってことに気づいてないんだよね?」


 アイが俺の心の中の言葉をまたもや代弁した。


 やっぱり、そういうことか……。


 信じたくはない。

 こんなことあってたまるか。

 異世界召喚?

 人生転生?

 笑わせるな。

 こんな酷いことがあるなんて信じられない。

 俺のあの辛い人生は何だったんだ?

 あの自分との闘いの日々は?

 あの五年間は?

 あの光景は?

 魔王も?

 アイも?

 全てが……?


 息が荒い。

 鼓動が早い。

 体が震える。

 寒気がする。

 鳥肌が立った。

 吐気がした。

 胸が締め付けられる。

 泣き出したい。

 逃げ出したい。


 この、キリザキ・レントという存在が描かれている小説から。

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