第7話 暁の出撃
――ピピピ、ピピピ、ピピピ――
「む……」
横になったまま、いつの間にか眠りに落ちていたようだ。
――脱走から数日、小さな町で物資を買い足してから、ひたすらに巨人を隠せる場所を探して走りつづけてきた。幸いな事に《パンドラ》は新型の太陽光変換装甲――太陽光からエネルギーを補充できる特殊な装甲――を一部に採用しているため、最低限の駆動は無補給で行える。だが、搭乗者である俺の肉体は、その底なしのスタミナについていけなかった。
これまでの経験から持久力はあると思い上がっていた自分が情けない。
二度寝から醒めたばかりで霞がかかった頭を回転させようと、水筒の水で喉を潤し、腰のポーチから取り出した携帯食糧をひとかけら噛み砕く。
「ふぅ……」
ひと心地ついてから、手首でかすかな電子音をたてる腕輪状の装備に声をかける。
小型マイクとスピーカー、そして小さなモニターのついたそれは、腰に下げた剣とともにリッターパイロットの証明ともいえる標準的装備だ。
「パンドラ、何かあったか?」
『はい。定刻広域スキャンの結果、付近にシュタールリッターの存在を確認しました』
問いに答えるのは、マリアではなく管制心理の音声システムだ。
(こんな装置があるから……)
マリアの肉体を蝕む事で、騎体の能力を最大限発揮させる装置。
この山に騎体を隠してから、俺はこの悪魔の装置をパンドラから取り外せないかを試した。装置を分離、もしくは騎体との接続を解除すれば、マリアがマイクローゼに浸食される事はなくなるだろうと考えたのだ。
しかし、騎体制御の中枢部分が完全にブラックボックスによって覆われており、さらに、各関節部も同様の状態になっているのを確認して、彼は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
(管制心理は、各部分に分割して配置されている……つまり、この騎体から管制心理を完全に消し去るには全ての関節部を分解し、装置を取り除き、再び関節部分を再構築するしかない)
しかしそれは、俺の知っている程度の整備の知識でできるようなものではない。さらに、そこまで大規模な整備を行うとなると、専用の設備も必要になってくる。そして必要な設備は軍の施設にいかなければ使うことはできない。
さらに、騎体と密接になっている管制心理を除去できたとして、果たしてパンドラが今まで通りの挙動を行えるのかも疑問だった。
もし、パンドラが起動不可能となってしまえば、自分たちが持っている唯一の戦力を失う事になってしまう。
結局、現状ではパンドラから管制心理を取り外す事を諦めざるを得なかった。
「……数は?」
『確認できている騎影は2騎。登録された騎体名は《グラディエーター》《ククリ》』
聞き馴染みのある名前に、思わず表情がくもる。
「くそっ!よりによって、エルトと教官か!」
かつて同じ釜の飯を食べ、ともに轡を並べた仲間。彼らの実力は十分すぎるほどに知っている。それどころか、教官との実戦訓練では勝率は5割以下だった。
しかし、自分の知ってしまった帝国軍の隠された真実を教えて説得するなどはできない。最悪、追われる人間を増やす結果になってしまう。
それに、《パンドラ》の方にも問題がある。
マイクローゼは永続に効果を発揮し続けるわけではない。マイクローゼの効能を受け続けるには定期的に該当するマイクローゼを摂取しなければならないのだ。
振り返って、パンドラはマリアからのマイクロターゼによって管制心理を維持している。
しかも、中途半端にとはいえ両者が常に繋がっているため、不足した分の思考や知識はすぐさまマリアから収集されてしまう。
おそらく何も書き込まれていないブランク・マイクローゼがパンドラの中に相当溜め込まれており、それとマリアの中の知識の入ったマイクロターゼを交換して現在の管制心理を維持しているのだろう。
つまり、パンドラに乗って動けば動くほど、闘えば闘うほどマリアから人間性が失われていくのだ。
「だけど、それでも――」
それでも、闘わなければならない。生き残らなければならない。
すべては、帝国の非道な行いを正すため。
そして、少女を救うため。
「いくぞ」
決意を新たにシートから出たジャックは、コクピットハッチへと歩き出す。
と、後ろからごそごそと物音が聞こえた。
「起こしてしまったか、すまない」
『ジャック――』
機械によって変換され、心の機微が完全に失われた言葉。
しかし、睡眠から覚醒した意識に流れ込んできたパンドラからのフィードバックから、現在おかれている状況を理解したのだろう。その目には、不安の色が濃い。
その視線を打ち消すように、笑顔を浮かべ、親指を立てて答える。
「心配するな、すぐに戻る。マリアはこの中に隠れていてくれ」
言って、騎体を覆っていたシートをたたんで地面に置く。
少女――マリアはこくりと小さく頷くと、その中にもぞもぞともぐりこんだ。
それを見届けてハッチを閉めると、俺は戦士の顔へと戻る。
「朝焼けか――」
天に近いからか、白み始めた空に昇ろうとする太陽がいつもより大きく見える。
『少尉、敵騎が接近中。おそらく気づかれていると思います』
管制心理の報告に、表情をゆがめる。
しかし、それも一瞬の事。振り払うように首を振ると、すぐさま表情を再び戦士のそれへと戻す。
「……そうか」
感情を押し殺して静かにつぶやくと、パンドラの腰に装備された小さな剣を握らせる。
「隠密性に優れたこの騎体。そして敵より圧倒的に劣る戦力。打破するには、一撃離脱が鉄則だな」
しかし、当然それは相手も予想しているだろう。
いかに相手の裏をかくかがこの戦闘の肝――付近の地形を再びスキャンし、戦闘方法を組み立てていく。
「――ジャック・L・マーズ、パンドラ、出撃する」
階級も、所属する軍も無い、たった2人だけの戦い。
朝焼けの下にありつつ未だほの暗い森の中を、俺は闇色の騎体とともに駆けはじめる。
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