第15話 終幕と闇に蠢く意志


「君、だれだい?」

 モニターを覆うほどの距離に立っていた見知らぬ騎体にも、エルトはまったく動じなかった。

 野生生物を相手にするように、顔を背けずにゆっくりと後退する。背後に回した手には、ナイフを握りしめたままだ。

『ワタシは……黒騎士と呼ばれております』

 執事のように恭しく礼の姿勢をとるのは、真っ黒に塗装されたグラディエーターだった。

 その色彩以上に禍々しい気配を感じ取ったエルトの背中を、嫌な汗が流れる。

「黒、騎士?」

『ハイ。……エルトさん、皇帝陛下の御意志により、死んでください』

 言葉が終わった瞬間に突き出された黒いグラディエーターの腕は、防御のためにかざされたエルト騎のナイフをいとも簡単に粉砕する。

「なに……?」

 驚きながらも、とっさに空いていたもう片方の腕を引きつけて腹部――コクピットを覆う。

『いい判断速度です。しかし――』

 黒騎士の言葉の続きを、エルトは聞く事ができなかった。

 なぜなら、腕と腹部の装甲を貫いた鋼鉄の指が、彼の腹に刺さっていたからだ。

『鋼鉄の爪を防ごうというのは、愚かな判断でしたね』

「ジャ……ク……」

 崩れ落ちた彼の体は、グラディエーターのまっすぐにそろえた五指によって開けられた穴から、ぬかるんだ大地へと落下した。

『……マイクローゼをはねのけるとは、大したヒトです。しかし、それは危険なのですよ』

 地響きを鳴らして倒れたククリを見つめる黒騎士の声には、感情らしいものが含まれていなかった。

『では、解体を始めましょう』

 いつの間にか忍びよっていた黒雲に覆われながら、蹂躙が始まった――。 


 親友と本当の再会を果たすべく走っていたジャックは、その惨たらしい有様に絶句していた。

 パンドラから降りた彼の目の前には、無惨に破壊されたエルトのククリがあった。もぎとられた四肢は方々に放り投げられ、胴体からはおびただしい量の水銀が漏れでている。

 特に損傷がひどいのが頭部で、もはや原型を留めない程、完全に粉砕されていた。

 そして、腹部に穿たれた横一文字の穴が、搭乗者のたどった運命をいやでも想起させてくる。

「なんで……なにが、あったんだ……?」

『……ジャック。かすかだけど、マイクローゼの反応があるわ。騎体の足下』

 マリアの伝えてくれた位置へ走りよると、そこには腹を押さえたエルトが仰向けに横たわっていた。

「やぁ、ジャック……」

 血と共に弱々しく発せられた声は、間違いなくあの頃のエルトのものだった。

「エルト!」

 駆け寄って抱き起こしたジャックは、絶え間なくあふれでてくる生ぬるい液体の感触に、思わず顔を伏せた。

 もう、間に合わない――その絶望と悲しみをぐっとこらえ、つとめて冷静に口を開く。

「エルト、なにがあったんだ……?」

「えっと……学校を卒業してからすぐ、ドクトルシュタインに呼ばれたんだ。『キミには、適正がある』っていってたよ……それで、銀のどろどろした汁を入れられて……」

「そんな事はいい!誰にやられた!?共和国軍か?」

「ううん。真っ黒い、グラディエーターだよ……ねぇジャック、ボクの弓、あっちにおいてあるから、持っていって……」

 震える手で指した先には、エルトが使っていた短弓があった。

「なんでそんな事――」

「だって、必要でしょ?ジャックには、やらなきゃいけない事があるんだから……きっと、ボクには考えもつかない、すごい事なんだろうね……」

 フフ、とかすかに持ち上がった口角から、赤い筋がのびる。

「ああ、最期にきみに会えてうれしかったよ。今度は、起こさなくていいからね……」

 弓を指し示していた腕が、しずかに力なく地面に落ちた。

「エルト……エルトォ――ー!!」

 決壊した涙腺から流れる滴は、突然降り出した雨と混ざって大地に吸い込まれていく。

 泣き崩れるジャックの絶叫は、激しくなる雨音にかき消されていった。


*            *            *


 その広い空間は、暗闇につつまれていた。

「……」

 暗黒に染まった屋内で、黒騎士は、臣下の礼をとったまま、微動だにしない。

 ややあって、彼の目の前にひとつの光がともる。

 ひとつの点でしかなかった光は、まるで意思を持つかの如く形を変化させていき――立派なあごひげを蓄えた老賢者の姿をその場に顕現させた。

「戻ったか」

「ハッ!」

 老人の声に、もとより低くしていた頭をさらに下げる黒騎士。

「して、首尾はどうだった?」

「ジャック・L・マーズは、試験体とともに試験騎で逃走しました。追撃に派遣した2騎のうち、試験体E05がマイクローゼによる拘束を脱したため、ワタシが処分を行いました。データの蓄積されたブラックボックスは回収を済ませてあります」

「そうか……やはりまだまだ研究の余地があるようだな。討伐部隊の編成は行わぬ」

 老賢者の宣言に、黒騎士は思わず面を上げた。

「追撃を……お止めになられるのですか?」

「あくまで、専門の討伐部隊の編成を行わないという意味じゃ。適度な戦闘経験をつませておけば、試験体にとって良い刺激となるであろう。それと、もう少しデータが欲しい。マイクローゼを多少、裏経由でばら撒いておけ」

「は……ハッ!了解いたしました!」

 再び平身低頭の姿勢をとる黒騎士を満足そうに見下ろすと、賢者は闇の彼方に視線を飛ばしながら、誰に言うでもなくつぶやいた。

「いずれ、ここを突き止める時がくるやもしれん。出会えるときが楽しみだよ」

 ニヤリと口元をゆがめる老賢者――皇帝は再び光とともに果てしない情報の海へと身を沈めていった。

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騎士の軌跡Ⅰ ‐夜明けの騎士~Knight and little girl~‐ 零識松 @zero-siki-matu

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