第14話 抱擁と歓喜
『――ん』
「マリア!大丈夫か!?」
目をあけると、心配そうにこちらの顔をのぞき込んでいるジャックと目があった。
『……ジャック、どうして……』
周囲を見回すと、どうやらパンドラのコクピットらしい。
彼の膝の上で仰向けになっていた身体を起こして、膝の上にちょこんと座る。
「パンドラを通して君の苦しそうな声が聞こえたんだ。振り返ったら、空から落ちてくるのが見えて、急いでかけつけたんだよ。一体どうしたんだ?」
『その……貴方が帰ってこないのが不安で、外にでたの。それから、木の上から戦況を見たら、ジャックが危ないみたいだったから、何か私にもできる事をしなきゃって思って、マイクローゼの共振を試みたの』
「共振?」
なじみのない単語だったようで、ジャックは首をひねった。
『マイクローゼを使って遠くにいる人と会話をする方法の事を、共振や感応と呼んでいるの。相手もマイクローゼを接種してないと使えないけど』
「そうか。それでエルトが射撃をはずしたのか……」
『でも、途中で相手のマイクローゼが急に活性化して、それに私の中のマイクローゼもひきずられてしまったの。そのまま意識を失って、木の上から落ちたのね』
「何て無茶を……」
感情が排されている淡々とした言葉は、ジャックの心に深く刺さったようだった。
愕然とした表情を浮かべたままの彼に、あわててフォローをいれる。
『あ、でも、今は大丈夫。ふらふらしてないし、マイクローゼも励起してないみたいだから』
私の言葉に、彼は困ったような表情を浮かべる。
おそらく、私を怒るかお礼を言うかで迷っているのだろう。
「……頼むから、無茶はしないでくれ」
ようやく絞り出された言葉に宿るあまりの必死さに、私は首を縦に振らざるをえなかった。
『う、うん。――あ』
驚きで大きく開いた瞳には、ジャックの真剣な表情がいっぱいにひろがっていた。
ジャックに抱きしめられている――現状を理解した私は、身体が熱くなってくるのを感じていた。
「マリア、君は……君だけは、たとえこの身が朽ちようとも、俺が絶対に守る。だから、自分から命を縮めるような事は、しないでほしい」
騎士の宣誓のように私に語りかけてくる彼の言葉に、私は自分がした事の重さを改めて感じさせられた。
『……ごめんなさい』
自分にしては珍しく、素直な言葉が口からこぼれた。
「俺も、さらに強くなる。君の手助けを必要としなくなるくらい、強くなってみせるよ」
その言葉は、私に聞かせるというより、自分自身へ刻み付けているように聞こえた。
と、そのとき、周囲に巡らせていたマイクローゼの網に反応があった。
たとえるなら、静かな水面に投げ込まれていた小石が崩れて流れ去ったような……。
『ねぇ、ジャック。ククリの搭乗者の事なんだけど……』
「どうした?」
初めての感覚を推測で補いながら、言葉を紡いでいく。
『たぶん、マイクローゼの呪縛から解かれた……みたい』
「本当か!?」
思わずわたしの両肩をつかんだ手が、細かく震える。
『よかったね』
感情の乗らない言葉が、どれくらい彼の心に響いているのだろう。
そんなわたしの心を読んだように、ジャックは何度も大きく首を縦にふった。
「……それじゃ、アイツを迎えにいってやるか」
弾んだ声とともに顔をあげたジャックは、騎体を反転させ、元来た道を戻り始めた。
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