第9話 気づきと老兵


 木々の間から、まるでそれ自体に意志があるかのような正確さで矢が幾本も飛んでくる。

 雨によって昨日より悪くなっている足場の中で、パンドラは偶然も手伝ってどうにかその攻撃を避け続けられていた。

『飛翔物確認、数2』

「了解……ここまでか、移動する」

 管制心理の報告を聞いたジャックは、すぐさま騎体を走らせる。

 それまで遮蔽物にしていた大木が限界を超えて大地に沈む音を背中で聞きながら、次の壁にできそうな大樹のところへと走りこむ。

 巨大な幹の裏へすべりこんだ瞬間、後ろから泥がはねる。

 首をめぐらせると、踵のすぐ後ろに突き立った1本の矢があった。

「間一髪……パンドラ、敵騎の居場所はわかるか?」

『敵騎ロスト。スキャン継続中』

「グラディエーターの方はどうだ?」

『同じくロスト』

「レーダーを無効化しているとでもいうのか」

 パンドラの搭載している最新式のレーダーでも捉えられないという事は、おそらく相手のどちらかが妨害をしているのだろう。

「それにしても……鬱蒼とした森の中だというのに正確無比か。さすがエルト、といったところか」

 学校時代から冴えていた技術は、実戦を経てさらに磨きあげられていた。同じ軍人として心強いという思いと、今はその卓越した戦士が自分の敵となっているという現実が、ジャックの顔に複雑な表情を浮かばせていた。

 しかも、敵は彼だけではない。学生時代に自分を手玉に取っていた教官とも同時に戦わなければならないのだ。

(攻撃してこないどころか、姿すら現さない……)

 管制心理の分析では、グラディエーターには遠距離攻撃ができるような装備は見当たらなかったという。

「奇襲か」

 どこから仕掛けてくるのか――モニターをくまなく見つめる。

『ジャック!』

「マリア、どうした?」

 突然入ってきた通信に、ジャックは驚きを隠せなかった。

 まさか、マリアが敵の手に――そんな最悪の事態がとっさに頭をよぎる。

 しかし、スピーカーから届けられたのは、全く異なる話しだった。

『後方から射撃をしているリッターから、マイクローゼの反応があるの。もしかしたら、搭乗している人は、私と同じかもしれない』

「何だって!?」

 エルトに、マイクローゼが投与されている――その言葉が持つ衝撃に、ジャックは頭が一瞬真っ白になった。

『しかも、わたしよりもマイクローゼの量が多いみたい。最悪の場合、人格を塗り変えられている可能性も……』

「そんな事がありえるのか?」

『施設にいたときに一人だけそういう例を見たことがあるの……優しかったあの子が、まるで感情を忘れてしまったようになっていった……』

「そうだったのか……治す方法はあるのか?」

『わからない。だけど、搭乗者の心を覆っているマイクローゼをはがせれば、もしかしたら――』

『オレを忘れてねぇか?』

 会話で生まれた心の隙間に入り込むように真後ろから聞こえた声に、とっさに剣を振り回す。

 直後、金属同士のぶつかり合う鋭い音が手応えとともに伝わってきた。

『おっ、昔より反応いいじゃねえか』

「教官!」

 のばした腕の方へ身体を引き寄せるようにして回転すると、両手で握った剣に力をこめる。

 対するボークも、両手持ちの剣を押し込む。

「教官、お願いです。行かせてください!」

『戦争の犠牲になった人を守る……だったか?なら、その為にオレたち兵士ができるのは、一刻も早く戦争を終わらせる事だ』

「それだけでは解決しないんです。詳細は話せませんが、帝国には陽のあてられない闇の部分が――」

『考えごとは上の連中に任せておけばいい。オレたちがやるべき事は、シュタールリッターに乗って敵を倒す事だ!』

 叫びとともに、つばぜり合いを終わらせようと一段と力をこめるボーク。

 元々ブレイドより出力の劣る原動炉を積んでいる上、傾斜の高低差もあり、パンドラは簡単に弾きとばされてしまった。

 受身も取れずに背中から倒れたパンドラを、激しい衝撃が襲う。

「……」

『搭乗者、意識喪失』

 衝撃が収まったとき、静寂につつまれたコクピットには、敵騎接近の警告音が鳴り続けていた――。

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