第8話 冷徹な狩人


「ジャック……なんでお前程のヤツが脱走なんて……」

 狭いコクピットの中、教官――ボーク・P・ガラリス大尉は未だに割り切れない想いに悩まされていた。

「戦闘技術は上の中、素行も真面目そのものだったお前がどうして……」

 かつての教え子を倒さねばならない――任務に従う事が鉄則であると教えてきた自分自身が今、その鉄則に疑問を抱きかけている。

 その事実を振り払おうと、今回の作戦にあたってペアを組んだ騎体とその搭乗者へ意識を向ける。

「……はぁ……」

 合流した時からのやり取りを思い出したボークの口からため息が漏れた。

 横を歩く僚騎へ通信を入れる。

「おい。本当に目標はこの山に潜んでいると見て間違いないんだな?」

『……』

「おい、エルト少尉!」

『……ああ、間違いない』

 コミュニケーションを拒絶する陰鬱な返答に、ボークは再びため息をこぼす。

「お前さんは今回の件、どう思ってるんだ?士官学校ではルームメイトだったんだろう?」

『……別に何とも思わないし、ルームメイトだった時など覚えていない。獲物を狩るのが狩人の役目だ。……敵騎発見』

 まるで事務仕事でもしているような冷静すぎる口調にボークは首を傾げる。

「こっちのレーダーには反応が無いぞ?」

 そもそも、森など障害物の多い環境ではレーダーは役に立たない。それはボークの乗る指揮官騎グラディエーターの強化されたレーダーでも同様であった。

『機械の目はアテにならない。頼るのは自分の感覚だけだ』

 エルトの返答に唖然としながらも、ボークはどこか納得していた。

(まるで野生児だな……だが、それほどの男でなければ務まらないという事か)

 エルトの持つ肩書きは「山岳森林偵察部隊長」だ。文字通り、森林や山を行軍する敵を偵察する事を主な任務とするが、機を見て強襲を仕掛け、敵部隊を敗走に追い込む事もある、山や森林における活動のエキスパート。

 その証拠に、彼の乗騎である《ククリ》も、元の騎体ブレイドからかなりの改良を施されている。騎士甲冑を参考にして個体識別用に装飾としてつけられていた凹凸を削り落とし、色も濃緑を中心にして茶色や灰色が斑模様のように塗られている。その色は主武装である短弓にも施されており、出で立ちだけ見ると騎士というより未開の地に潜む原住民に近い。

 無言のまま短弓を構えようとするエルト騎を手で制し、ボークはエルトに声をかける。

「待て。一つ確認しておく。今回の任務は、ジャックとその乗騎パンドラを確保。もしできない場合は破壊せよとの事だ。確保のほうが優先順位は高いからな」

『……わかった』

 舌打ちでもしそうな調子で答えたエルトは外部マイクに向けて、慣れない本を読み上げるように言葉を乗せ始める。


『こちら、エルト・A・オーヴィラル少尉だ。ジャック・L・マーズ少尉、乗騎パンドラと共にこちらに投降しろ』


「エルト……なのか?」

 外部の音を拾うスピーカーから聞こえる声色に、ジャックは目を見開いていた。

 学生時代から10年の月日が流れた。それだけの時間があれば、人の容姿や性格が変わる事もあるだろう。「男子三日会わざればかつ目して見よ」という言葉もある。

(しかし、ここまで変わるものだろうか……)

 昔持っていた無邪気さとは正反対の、陰鬱で冷徹になったエルトの声は、纏っている雰囲気とともに、自分たちの学生時代を否定しているようにジャックには思えた。

『おう、ジャック。久しぶりだな、教官のボークだ。今ならせいぜい営倉1週間って罪だ。とっとと帰ってこい』

 かつての教官からの言葉は、情をほだそうなどという打算的な目的ではなく、心の底から出ているのがわかる、短くも熱い言葉だった。

『今から10数える。それまでに姿を表さなければ――狩らせてもらう』

 エルトからの一方的な最後通達の後、駆動音が響く。

『《ククリ》短弓を構えました』

 管制心理の冷静な報告が、ジャックを追想から現実へと引き戻す。

「本気……か」

 教官の言う通り、投降すれば数日の営倉生活の後に戦線復帰を果たす事になるのだろう。もうひとつの可能性として、死刑台に送られる事もありえるが。

 いずれにしても、ジャックの心は決まっていた。

(このまま戦争を続ければ、戦線は拡大の一途をたどるだろう。マリアのような何の罪もない子供や市民が戦火に巻き込まれていく。それだけは――絶対にあってはならないんだ)

 数瞬の沈黙を破り、外部スピーカーに向かって口を開く。

「こちら、ジャック・L・マーズ。すまないが、投降はしない。俺は、戦争の犠牲となった人を守ると決心した。それは、戦争に従事し続けるよりも大切な事だ」

 昔日への想いを断ち切るように、パンドラは手にした剣を振るう。

『おい、ジャッ――』

『了解した。貴様を標的と判断する』

 慌てる教官を遮ってとどいたエルトの冷えた声には、明確な殺意がこめられていた。


「おい!エルト!どういう事だ!?」

『何がだ?』

「まだジャックが脱走した理由も聞いていないんだぞ?なのに一方的に交戦宣告して……お前には情ってもんがねえのか?」

『狩人には必要ない』

 まるでとりつく島の無いエルトは、一方的に通信を切ると、そのまま木漏れ日が差し始めた森の中へと《ククリ》を進ませていく。

「……チッ!」

 やりきれない個人の思いに軍人という鉄の鍵をかけて、ボークもグラディエーターに背中の剣を抜かせる。

「仕方ねえ。……ジャック、卒業試験だ。オレを殺して卒業するか、オレにとっつかまって営倉にブチ込まれるか、おまえの腕で決まる」

 厳しい表情のボークを乗せたグラディエーターは、ククリの背中を追って歩き始めた。

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