第4話 パンドラ


 ――シュタールリッターによって一変した戦場に、徐々にジャックは慣れていった。

 夕日に染まる廃墟と化したジャルバムの街並――初陣で刻み込まれた無力さを糧として研鑽を積み、彼は次々と敵騎を打ち倒していった。

 いつの間にか人々から「エース」の称号と共に称えられるようになっても、大した感慨などはわかなかった。

「民を救うために戦う」

 その信念から、交戦も自然と都市部を避けていき、結果として移動中の部隊への奇襲などが増えていった。

 その適正と実績から遊撃部隊に配属されたジャックには、他にも様々な種類の任務が与えられた。

 戦況は、初戦からの電撃的侵攻を見せた共和国軍の勢いが弱まり始めていた。

 その理由は帝国軍がシュタールリッターの本格配備・運用を開始した事に加え、ジャックたちに遊撃隊による補給部隊攻撃の影響が大きかった。

 この戦果を考慮した帝国は、それまで主力としていた都市防衛を主目的とする重装甲シュタールリッターの他に、機動力を優先した軽装型のシュタールリッターの開発に着手する。

 新たな分野の開拓――そのテストパイロットとして指名されたのは、もっとも奇襲経験の多いジャックだった。


「これが……」

 その姿に、思わず感嘆の声が漏れた。

 騎士甲冑を改良した専用のパイロットスーツを着たジャックの目の前には、漆黒の巨人が立て膝の姿勢で鎮座している。

 その騎体は、今まで目にしてきたシュタールリッターとは明らかに違っていた。

 それまでの騎体が全体的に四肢や胴体が太く設計されていたのに対し、目の前の騎体は黒という色合いもあってか胴体と四肢がとても細いのだ。そして肘や膝には鋭い刃のような突起がつけられている。

 また、装備も通常の量産騎が持っている突撃槍と機体半分を覆う大きな盾ではなく、腰に小さな剣が二本装着されているだけだ。

 さらに、他の騎体と最も印象が異なる部分があった。

 それは、頭部前面――人間でいう顔にあたる部分である、

 それまでのシュタールリッターは、敵騎の攻撃からセンサーやカメラの集合している頭部を守る為に兜のような厳重な装甲を施していたが、この漆黒のシュタールリッターの頭部には、しっかりとした二つの眼があった。

外見を総合してまとめるならば、過去の量産騎を「隙間なく鎧を纏った大柄の騎士」とすると、目の前の新型は「引き締められた筋肉を武器とする武術家」という形容が適当だろうか。

「これが、軽装シュタールリッター《パンドラ》」

 手元の資料に目を落とす。

「小型魔力動力炉を装備。《グラディエーター》と比較して出力は8割に低下。機動力と速度は4割向上……この騎体の為に魔力炉から新設計とは、ずいぶんと大盤振る舞いだな」

「この騎体を基にして、軽量型リッターの歴史が始まるんです。それくらい当たり前じゃないですか!」

 突然横から聞こえた気色ばんだ声に驚いてそちらを見ると、若い整備師が興奮した様子でまくしたてていた。

量産騎グラディエーターと比べて運動性能が、なんと40%も上昇したんです。最新技術の塊である大砲の装備こそ見送りましたけど、各部に装備されたブレードは隠密性を重視する騎体コンセプトにピッタリです。いや~、本当にすごいですよ、コイツは!」

 まるで自分が設計したかのように、騎体について講釈する整備師。

 その表情が、より一層の輝きをみせる。

「そして、この《パンドラ》一番の目玉が、『管制心理』と呼ばれる全く新しい装置です」

「管制心理……たしか要項には、搭乗する騎士を補佐する装置と書いてあったな。具体的にはどういうものなんだ?」

「搭乗していただければお分かりになると思いますよ」

 いささか冷静を取り戻し、ようやく敬語を使い始めた整備師の青年に敬礼でおくられ、ジャックは黒い巨人の腹部に滑り込む。

 着座すると、手をのばしてハッチを閉じる。

 装甲が閉じて一瞬暗闇に包まれるコクピット内部だが、点灯を始める各種スイッチとモニターの灯りによってすぐに外と同じ明るさを確保する。

「内部レイアウトは変わらず。意外と狭さは感じないな」

『こんにちは。あなたが搭乗者ですか?』

突然コクピット内に、幼い少女の声が響いた。

「!!」

思わず席から飛び上がりそうになったジャックは、コホンと軽く咳払いをしてあわてた態度を払拭する。

「君は、誰だ?」

『私が、この《パンドラ》の管制心理になります』

「管制心理とは、具体的にどんなものなんだ?要項には搭乗者を補佐する装置という曖昧な記述しかなかったのだが?」

 ジャックの言葉に、管制心理は淀みなく説明を始めた。

『管制心理とは、扱う武器や任務の幅が広がり、搭乗者だけでは追いつかなくなってきたシュタールリッターの制御を補助するための機構の事です。私は、搭乗される騎士と管制心理の仲介をする音声システムとなります。各搭乗者によって異なる操作の”癖”を、的確に反映する為に用意されています』

「つまり、この声はこの騎体――パンドラの声だという事で合っているか?」

『概略としては間違っていません』

 まさか、巨人と話す事ができるとは――まさに青天の霹靂といえる現状を理解するのに、ジャックといえども数秒の沈黙が必要となった。

「俺はジャック・L。マーズ少尉だ。この騎体のテストパイロットとしてここに配属された」

『了解しました』

「これから、よろしく頼む」

『よろしくお願いします。マーズ少尉』

「ああ、そんなかしこまらないでくれ。ジャックでかまわない」

 通常であれば、パンドラの呼称の仕方は模範的ですらある。

 しかし、撃破数が延び始めてから周りの人間にへりくだられる事が増え、しかも「戦場にたてば身分の差などに固執する必要はない」と考えているジャックにはそんな周囲の対応が若干鬱陶しく思っていた。

 だからこそ、騎体とだけは対等な立場をとりたいと思って出た言葉だった。

「……」

 コクピットに一瞬の沈黙が落ちる。

『――了解しました。では、これからもよろしくお願いします。ジャック』

「ああ、よろしく」

 握手代わりに操縦幹を握ると、送り出すようにハッチが開かれた。

(ただの装備という割には、ずいぶんと人間らしいんだな。虚を突かれて黙ってしまうとは……)

 まさか人間が――などとありえない不安を冗談混じりに考えつつ、ジャックはコクピットから出て整備兵の元へとむかった。

「いかがでしたか?管制心理は」

「すごい……という言葉しか出てこないな。これが技術の進歩という物か。人間が入っているわけではないんだろう?」

「はい。受け答えは幾多のサンプルから合成されたものだと聞いています。少尉には、この騎体を、というよりも、管制心理に行動パターンを学習させる事が任務となります」

「了解した」

 お互いに敬礼をかわすと、ジャックは整備場を離れ、用意されている宿舎へと歩き出した。

 彼の後ろ姿を、パンドラの無機質な青い双眸が見つめている事にも気づかずに。

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