第3話 鋼鉄騎士~シュタールリッター~

  ――星暦1010年


「……」

 広々と作られた整備場の入り口で、ジャックはぽかんと口をあけたまま固まっていた。

「いい反応だな。訓練学校のトップでもそんな顔してくれるとは、うれしいぜ」

 手首から肩口までが黒く焼けた、一目で職人と分かる壮年の男は、驚きのあまり微動だにしない新兵にニヤリと口元をゆがめる。

 二人の目の前には、巨大な騎士甲冑が悠然と立っていた。人間が着る物だとは到底思えない程の大きさ――ざっと10メルトルの全長を誇る甲冑。その隙間から差し込まれた透明なチューブの中を、銀色の液体が流れていく。

 整備のために一部外された鎧の裏には、魔法を行使するための魔方陣がびっしりと書き込まれている。そして外装が外された部分からは、金属の骨組みとそれを囲むチューブを中心とした、複雑な機構が覗いていた。

「これは……いったい、なんですか?」

「シュタールリッター《ブレイド》だ」

「しゅたーる……りったー……まるで、人工の巨人ですね」

 ジャックの的を得た感想に、整備師は歯をむき出して笑みを浮かべる。

「おうよ。あの腹ンところに穴空いてるだろ?あそこに人が入って操縦するのさ。その強さは、まさしく一騎当千。1騎で騎兵大隊1つ分の性能ってのが今までの統計からの性能だな」

 まったく想定していなかった未知の兵器の登場に、ジャックは無意識に力強く拳をにぎっていた。

「こんな兵器があったとは……まさに、戦況を逆転する切り札というわけですね」

 現在、ジャック達が聞かされている戦況は、あまり良い状況ではなかった。

 共和国は国境付近の都市をすでに占領し、そこを橋頭堡として着々と戦線を押し上げているという。

 ジャックの言葉に、整備師長は苦い顔をして巨人を見上げる。

「共和国の破竹の快進撃も、コイツが原因なのさ」

「え?」

「共和国が今回の戦争に突然投入してきた新兵器が、シュタールリッターだったんだ。この《ブレイド》は、共和国から鹵獲したシュタールリッターの技術を流用した騎体を基にしている」

 ようやく、量産騎までこぎつけた――師長の声には、悔しさがにじみ出ていた。

「これからの戦場は、これが主力なんですか……」

「そうだ。これからは、馬ではなくこの巨大な騎士甲冑を着て、槍や剣ではなく操縦のためのレバーやスイッチを操作して、戦う事になる。いや正確には、もうすでになっている」

「それは、どういう――」

 問いかけの言葉を続けようとしたジャックの耳に、非常召集を告げる鐘の音が届いた。


 召集によって集められたジャックたち新兵へ、シュタールリッター教練部隊編入の辞令が下った。

 それからの3ヶ月、ジャックたち訓練生は、鋼鉄の巨人の腹の中で寝食をして訓練に励んだ。

 とにかく、時間が足りなかったのだ。

 全く新しい概念ともいえるこの新兵器を、以前より扱ってきた剣や盾の如く、手足の延長のように自由に動かさなければならない。それに加えて、騎体の特性や運用法も頭に叩き込まなければ、戦場で戦えるとはいいがたい。

 それを一刻も早く自分のものにするべく、座学以外の一日のほとんどを整備場ですごした。

 日々飛び込んでくる戦況の推移を聞くたび、ジャックたちは心と身体にたまった疲労を忘れて訓練に励んだ。

 その甲斐あって、配属から一月がすぎた頃には、リッターを使った模擬戦が行える程にまで習熟していた。


『うおおおっ!』

モニターの中、敵操縦士の雄叫びとともに、敵騎が盾と槍を構えて突撃をかけてくる。騎兵時代から受け継がれた戦術の一つだ。

 生身の騎士のそれとはケタ違いの破壊力と突破力を持つ鋼の塊が走りこんでくる。

 しかし、その行動は想定の範囲内にあった。

 敵騎と自騎の性能はほぼ同等だ。となれば、相手の行動の先を、裏を読んで対処しなければ、勝利を得られない。

 ジャックはそれをここ数日の模擬戦で学んでいた。

 足でペダルを軽く蹴る。それによって、彼の乗るブレイドは体勢を変え、構えた自身の盾に隠れるように半身の姿勢をとった。

 前面に掲げた盾で敵騎の槍が持つ勢いを殺し、それと同時にもう片方の手に持った剣で一撃を加える――それがジャックの目論見だった。

『やっぱ、そうすると思ったぜ!』

 まるで絶好の勝機が訪れたような敵操縦士の叫びが操縦席に響く。

 怪訝にひそめたジャックの眉は、すぐさま驚きに跳ね上がった。

 敵のリッターは、腰溜めに構えていた槍を躊躇なく地面に落とすと、自由になった手で反対側の腰に下げた剣を引き抜いたのだ。

 そして、助走でついた勢いを乗せた剣を肩に担ぐように構え、横なぎに一閃する。

「くっ!」

 ジャックあわてて垂直にかまえた剣で、相手のなぎ払いを防ぐ。

『勝ったな!』

 直後、弾かれた勢いを生かして逆方向から襲ってきた剣の一撃が、ジャック騎の頭部を直撃した。


「まぁ、前よりゃずいぶんマシになったな」

「まだまだですよ……」

 大口をあけて笑う先ほどの対戦相手――教官から手渡された飲み物を、ジャックは一気に飲み干した。

「おいおい、そんなに気を落とすな。予定じゃオレとやる奴がでてくるのはあと半月先だったんだ。それをひっぱりだしだだけでも十分大したもんだぞ?」

「それでも、実際の戦場にはまだ立てていません……」

 歯がゆさがにじむジャックの言葉に、教官は側においていた報告書を放る。

「読んでみろ」

 意図が分からず、数枚の紙をめくるジャック。その目が大きく見開かれていく。

「シュタールリッター搭乗訓練の義務化……教官、これは」

「そん中で使うテキストに、おまえ達からもらった質問や、それに対する改善点も盛り込まれている。リッターの操縦系統も改善されていく。今おまえ達がやっている事は、おまえ達のためだけじゃねえって事だ」

 さてと、と勢いよく立ち上がるった教官は、ジャックを見下ろしながら、声をかけた。

「後に続いてくる後輩たちのために、もうひと勝負といこうや」

「はい」

 午後の日差しを受けるジャックの心から、焦燥感がするりと抜けて行った。


 そして、教練を終えたジャックは、ついに実際の戦場に身をおく事となった。

 しかし、その初陣はとても戦闘と呼べるものではなかった。

 共和国軍の奇襲によって戦場となった街にジャックたちリッター部隊が駆けつけたのは、味方部隊が敗走し、敵部隊も引き上げた後であった。

 新たな騎体グラディエーターの中から見る町は、地獄と見紛う有様だった。

「ジャルバムが……」

 隊員のかすれたつぶやきが、コクピットにむなしく響く。

 かつての歓楽街は、その絢爛さを見るも無残なものへと変貌させていた。

 無惨に破壊されて瓦礫の山と化した家屋。舗装として敷き詰められた煉瓦が散り散りになった街道。街の象徴であった塔も崩れ、その下の瓦礫の中には時を告げていた鐘の一部が見える。まるで大災害にさらされた直後のような街が、視界を埋め尽くした。

 大地に沈み始めた太陽が放つ紅色の光が、破壊の爪痕をいっそう克明に浮かび上がらせる。

「……すまない……俺が、俺たちが、もう少し早く到着していれば……」

 ジャックは、コクピットの中で己の力の無さを嘆くことしかできなかった。

 頬を伝う滴の感触は重い後悔の念となって、今も心の奥に残っている。

『生存者だ!生存者がいたぞー!!』

 突然集音マイクから飛び込んできた吉報に、ジャックは乗騎をすぐさま走らせる。

 リッター同士の戦闘によって崩れた家屋。その瓦礫の山の奥からもれる小さな泣き声を、歩兵の一人が聞き取っていたのだ。

「待っていろ!すぐ助ける!」

 歩兵たちにはどうにもできない瓦礫の撤去も、全長10メルトルの巨体と相応の馬力、そして器用な五指を持つシュタールリッターには容易だ。

 崩落を危惧して慎重に瓦礫をどかしていくと、やがて、倒れた家具の奥から一人の少女が姿を現した。

 一見して、五体満足のようだ。裕福な家の娘なのか、仕立てのよい服を身につけている。

 埃で白くなった長い金髪の奥からのぞく、恐怖と不安におびえる瞳が弱々しく動き、帝国の国旗をあしらったリッターの肩部装甲をしばらく見つめる。

「よかった……」

 気絶した少女を駆けつけてきた衛生兵に託したジャックの瞳から、再び涙があふれた。

 

*            *            *

 

  ――星暦1013年


「……」

 辛い記憶から思考を引き上げると、ジャックは雨にぬれた身体を拭きながら、再びテントの中へと戻る。

「パンドラ。周辺警戒の状況はどうなっている?」

 ジャックの問いを受け、腕につけた小型無線機から、まるで不釣合いな少女の声で報告が届けられる。

『周辺に敵影はなし。また、熱感知センサーにおいても熱源は探知できず』

「つまり、まだしばらくは休める、ということか」

 報告に思わず安堵の息を吐き、自然と臨戦態勢に入っていた体から力を抜く。

 これも、夜中に突然たたき起こされ、山中を走らされた士官学校での訓練の賜物といえる。

「うん……」

 ジャックのすぐ近くから、かわいらしい寝息が聞こえてきた。

 青年騎士の足元では、一人の少女が眠りに落ちていた。

 油と泥で汚れた髪は、それでも白に限りなく近い青という異質な色を失っていない。

 蝋のように真っ白な肌は、血が通っているのか怪しいとすら思えてしまう程だ。

 質素な服装もあって、まるで人形のような印象をあたえる。

「マリア……」

 少女の名前をつぶやく。

(思えば、この少女と出会わなければ、今の自分はなかったんだな) 

 発端となったあの日を、あの光景を、戒めとして心に刻むべく、再び横になったジャックは思い出をたぐりはじめた。

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