第11話:G-16【銀座線・上野駅】ボス戦(1)
まず感じたのは、冷気だった。
まるで光世を守るように、優しく包みこむひやっとした空気。
だが、その空気に包まれながらも、彼の胸には熱く、まるで炎のような感情が瞬息で灯る。
(今の声……)
知っている。
当たり前だ。
大好きな相手の声だ。
光世は、ゆっくりと瞼を開ける。
上には大きな影がまだあった。
しかし、それを遮る白い影。
真っ白なコートのような
「――うおおおっ!」
女性とは思えない雄叫びを上げ、右手を引いて拳を作る。
狙うは、
「でやああぁぁっ!」
白いコートをたなびかせながら、その
弾ける。砕ける。
散り散りと舞う。
氷の残骸。
甲高い呻き声が上がった気がした。
どこかで歓声が聞こえた気がした。
でも、そんなことはどうでもよく感じていた。
ダイヤモンドダストのように氷が舞う中でふりむいた、きりっと締った目尻と、いつものように少し口角のあがった赤い唇。
そして、彼女の魅力そのものが詰まったような輝きをとりもどした双眸がそこにあった。
光世には、もうそれだけで充分だった。
彼が大好きだった彼女が戻ってきたのだ。
「陽那……さん……陽那さん……」
熱くなる目頭を何とか抑えながら、光世が呟いた。
すると、彼女はすぐに正面を向いてしまう。
揺れたポニーテールが、彼女の気まずさを表しているようだった。
「待った……すげぇ……待ったんっすよ……」
「みたいだな。……悪かった。あと、ありがとう……」
背中を向けたままだが、彼女の気持ちは光世に届いていた。
「もう、大丈夫みたいっすね」
「光世……約束守るぞ」
「うっす?」
「逃げずに……戦ってやる!」
宣言と共に、空気を斬るように
それだけでわかった。
この人は、強い。
やっぱり自分が憧れる人物なのだと。
光世は、慌てて転がっていた
「陽那さん! 僕も一緒に戦います! アイツ斃して、瑠那を助けましょう!」
「ああ。……だけど、光世。瑠那の白馬の王子様は、やっぱりまだお前にはやらないからな!」
「……はっ、はい~っ!? なんっすかそれ!?」
光世がツッコミを入れている間にも、陽那はすでに戦闘を開始していた。
蛸の足を右に左にすばやく躱したかと思うと、壁を蹴って空中を舞い、半回転しながら巨大な手首を蒼い
その動きの鋭さは、ここ最近どころか、瑠那を失う前よりも、さらによくなっているように思えた。
(……あれ? 再生しないぞ……)
だが、光世はそれよりも気になることを見つける。
先ほど陽那が殴って砕いた手も再生していなければ、今さっき斬った手も再生していないのだ。
しかも、水棲生物はまず氷属性が弱点になることはないはずなのに、陽那は氷属性の蒼い刃でどう見てもダメージを与えているように見える。
なにしろ、先ほどまで苦しんだ様子を見せなかった蛸が、手を切られた途端に甲高い呻き声を上げていた。
「陽那さん! なんで氷なんっすか!? 凍らせて再生を防いでいるとか?」
光世の質問に、陽那は背中を見せたままで答える。
「あいつのデータ、よく見て! あたしも前回は慌ててたけど、今回は余裕あるだろ?」
「……え?」
言われて
――Warning:ARC名【アスィミノーク・ヴァダー】 レベル40
――【ARC Type-L】
(アスィミノーク? あれ動物型ならイタリア語だけどそれっぽく……あっ、あれっ!?)
そこで始めて、光世は重大なミスに気がついた。
「AじゃなくL!?
「そう。あれ、蛸に見えるけど、スライム系の擬態なのよ」
「だから、再生力が強いのか……」
「前に来た時、たぶん瑠那はそれに気がついた。覚えてる? あの子、自分が囮になって
「そういえば……だから、すぐに蛸は瑠那の方に向かったのか……」
「そういうこと。でも、氷でダメージを与えられても核を壊さないとね」
「やっぱり核は殻の中の頭っすよね……」
光世は敵の様子を見る。
今は情報が伝わり、全員が氷属性で攻撃を始めている。
だが、ここまでが長すぎた。
体力もかなり限界に来ている。
しかも、あの固そうな殻を壊すか、殻から頭を出させなければならない。
それをこの狭いフィールドで、疲れたチームメンバーで行えるのだろうか。
どう考えても、じり貧だ。
「大丈夫よ!」
たが、陽那はその光世の不安を読んだ上であしらうように、ふっと不敵に笑って見せた。
「あたしに作戦があるの……」
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