第5話:裏切った者達

「集まらねーなぁ……。アイツ・・・も来ないし……」


 腕を組んだ光世が少しイライラとしながら、つま先で床を叩く。

 落ちつきなく見えたが、陽那としても気持ちはわかった。

 なにしろ集合場所である稲荷町駅のホームにいるのは、3チームだけなのだ。

 残りの2チームが来ていない。

 集合は9時で、集まり次第ブリーフィングを行い、10時には出発するはずだった。

 しかし、9時半を過ぎてもまだ集まっていない。


「何かあったのかな?」


 瑠那が横で心配そうに呟く。

 彼女はすっかりARの防具である魔装具アルマトゥーラに着替えていた。

 黒のワンピースのようで、足下のサイドに大きくスリットが入り、さらに胸元もけっこう際どくV字に切れ込みが入っている。大人しい彼女が普段着に絶対に選ばない系統である。

 だが、魔装具アルマトゥーラとしては彼女はこれがお気に入りだった。

 魔法防御力と見た目に反して物理防御力も高い。

 それに最初こそ恥ずかしがっていたが、見えている肌も本当の自分の肌ではなく、ARの肌だとわりきれれば慣れてしまえる。実際の自分は、体にピッタリとフィットするウェットスーツのようなAROUSEアロウズ用スーツを着ているのだから、肌なんて見えるわけがないのだ。


(そう言えば、ひとまわり本当より胸もでかい気がするな……)


 陽那はふと自分の胸元に視線を落とす。

 彼女の魔装具アルマトゥーラは、白いロングコートをまとったようなデザインだった。

 瑠那と対照的に、彼女の魔装具アルマトゥーラは肌をほぼ露出させない、まるでグレーのシャツを着ているようにも見える。少なくとも、「防具」というイメージはなく、これが本物ならば、とても物理防御力があるとは思えないだろう。

 しかし、性能としては非常に高い物理防御力を備えている品物だ。その上、スリムな形で動きやすくスタイリッシュだ。


(……だから胸が少し小さく見えるのかもしれないな……)


 実際、体型は変わらないことはわかっているが、そう思わないとなんとなくやるせない。


「……お姉ちゃん?」


「あっ……ああ、すまん」


 考えていたことを妹に悟られないよう顔をそらすように、前へ向けた。

 すると、光世がちょうど近づいてきたところだった。


「陽那さん。もう始めちゃいませんか?」


「……そうだな。来ていないチームに、例のチームがあるのも気になるけど」


 例のチームとは昨日、光世が「裏切った」という噂があるチームのことだ。ただ、その「裏切った」というのも、実際にどんなことがあったのかは定かではなかったのだ。

 つまり、下手に騒ぎたてる話ではない。

 一応、安全マージンとして5チーム編成を考えていたが、3チームでもなんとかなるはずだ。

 陽那はそう考えて、瑠那にも考えを聞こうと視線を向けた。

 すると瑠那はすぐに察したように、うなずいてみせる。


「うん。いいんじゃないかな。説明係は、サブリーダー権限で光世に一任するよ!」


 いたずらっぽく笑う瑠那に、つられて陽那も口元を緩める。

 我が妹ながらなんてかわいいんだろうと、思わず陽那は彼女の頭を撫でてしまう。

 嬉しそうに笑う瑠那が、また一段と愛らしい。


「あ、あのぉ……」


 そんな妹とのふれあいに、放置されていた光世が割ってはいる。


「陽那さん、結局どーすれば……?」


「どーすればって……今、瑠那が言ったじゃないか。サブリーダー権限で光世が説明係だって。ぼーっとしてんなよ」


「は、はぁ……すいません。サブリーダー権限・・・・・・・・……っすね」


「そうそう。だから、がんばってくれ」


「うっす」


 返事をすると光世は、メンバーを確認するように周りを見まわす。

 陽那が率いるチーム【halo】と仲のよい、チーム【ラストスパート】の先鋭メンバー6人。

 何度か共同作戦をやったことがある、チーム【猫夜叉】の先鋭メンバー6人。

 そして、haloのメンバーとして、陽那、瑠那、光世、魔法剣マギアソード使いの桐生、片手杖ワンド使いの神宮、短弓使いの倉敷。


「えーっと、本当はフルアライアンスで行きたかったんですが、なんか来ないのでこのメンバー17人で行きたいと思います。手順をまちがえなければ、G-16だけなら問題ないはずっす。……というわけで、上野駅のトラップやボス情報を説明させてもらう、チーム【halo】サブリーダー代理の【星宮 光世】っす。今日はよろしくお願いします」


 説明が始まり、陽那も気を引きしめて光世の方を見る。

 そうだ。上野駅のような大規模拠点にはトラップがある。しかも、上野駅のトラップはエリアトラップで非常に嫌らしい。一歩まちがえると簡単に全滅してしまう。

 それに上野駅のボスにも秘密がある。陽那は対策を用意できたが、知らなければ斃すことはできないはずだ。


(……って、あれ?)


 光世の説明を聞きながら、陽那はそこまで考えて疑問にぶつかる。

 しかも、非常に根本的な問題だ。


(なんで……知っているんだ?)


 自分は、そして光世は、なぜそこまで上野駅に詳しいのだろうか。

 上野駅の攻略は、他のチームもまだやっていないはずだ。今回がみな初めてのはずである。

 しかし、光世は非常に詳しく攻略を説明し、そしてその内容を陽那はすべて知っていた。

 いつ知ったのだろうか?

 どうやって調べたのだろうか?


(……だめだ……思い出せない……)


 おかしい。絶対にどこかで知ったはずなのに、そのことが全くたどれなくなっている。

 まるで途切れた道のように、あるところから先が真っ暗闇で見えないようだ。


(そうだ。瑠那は知っているのだろうか……)


 思いついて隣にいる瑠那に声をかけようとした。


 ――その時だった。


 線路の延びる向こうから、何か音が聞こえた気がした。


(……なんだ?)


 気になってホームの端に走りより、音のした方を覗きこむ。

 それは、上野駅のある方向。

 だが、その先は曲がっていて特に何も見えない。

 それに、上野駅までは約500メートルもある。

 もし上野駅からの音だとすれば、かなり大きな音のはずだ。


「……どうしたっす?」


 陽那の様子に気がついた光世が、怪訝な顔をしながら走りよってくる。


「いや。なにか音が聞こえたような……」


 そう言った途端だった。

 また、何か聞こえた。

 それはたぶん、爆発音と破砕音。


「まっ……まさか!?」


 一瞬で光世が青ざめる。

 陽那も悪い予感がする。


「あいつら……抜け駆けしやがったな!」


 もちろん、あいつらとはここに集まらなかった2チームのことだろう。

 1チームは、例の「裏切った」というチーム。これで何のことか、陽那にも合点がいく。

 そしてもう1チームは、できたての若いチーム。1ヶ月ぐらいしか経っていないイオターたちの集まりだ。たぶん、唆されたのではないだろうか。

 しかし、そこまで考えるも、陽那にはわからないことがある。


「抜け駆けって……なんでできるんだ? ここから上野駅に入るには、haloのメンバーがいないと」


「すいません。僕のミスっす。アイツ……臨時に雇った奴がいたんですが、たぶんそいつが裏切ったっす」


 その言葉に、さらに陽那は混乱する。


「臨時!? なんで臨時なんて? あたしたちフルメンバーなのに……」


「それについては後ほど。とにかく、今は急いで行かないとヤバイっす!」


「……なにがよ?」


「忘れたっすか! あいつら、トラップのこと知らないっすよ! 絶対に引っかかって、全滅かよくても敗退するっす!」


「わかっているわよ。いい気味じゃない」


「なに言ってるっすか! そしたら、ペナルティが発生するっすよ!」


「――あっ!」


 そこに至って、陽那も気がつく。


「そうっす! 挑戦したのに敗北したら、ペナルティで最低でも2ステーション強制返還っすよ! また・・、田町駅からやり直しっす!」


「そうだった……」


「しかも、2週間の占拠不可能時間が設定されるっすよ! これ以上、待たして・・・・おくことなんてできないっす!」


「待たして……おく?」


 光世の言葉に引っかかりを感じるが、陽那の疑問どころではなかった。

 光世が声を張りあげて指示をだす。


「みなさん、超特急で出発準備っす! トラップに関して情報を流しますから、頭に流しこんでおいてください! ……ああ、神様! あいつらがトラップにひっかかっていませんように!」


 光世の願いの言葉は、地下ダンジョンに虚しく響き渡った。

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