第4話:挑む資格
タマゴサンドとコーヒー牛乳という、いつも通りのランチを屋上の日陰部分で食べていると、弁当箱を持った光世が1人でニコニコしながら歩いてきた。
男に似合わない愛らしい顔をしながらも、煩雑にめくった真っ白なシャツの袖から覗く腕は、よく焼けていてたくましさが備わっている。
「ま~た、瑠那はこないの?」
そんな彼を迎えながら、陽那はため息と共に首を傾げた。
瑠那と光世は1年生で、同じクラスだ。ここに来るなら、2人そろってくるはずである。
「あっ、ああ。……ええっと。いつもどおり、先生に呼ばれて……」
光世が苦笑いしながら答える。
確かに、苦笑いするしかないのかもしれない。
ここで毎日のようにミーティングしているのに、ここしばらくは瑠那が参加してこないのだ。
確かに瑠那は優等生で、先生の受けもいい。前から便利に使われるところはあるが、昼休みぐらいは解放してほしいものだ。今度、交渉しなければと陽那は考える。
「ゴ、ゴホン……。あ、えーっと……僕は、その、陽那さんと2人きりでランチも嬉しいっすけどね」
「あっそ」
いつも通り、陽那はかるくあしらう。
と、光世が「冷たいっす」と肩を落とす。
彼が自分に好意を持っていることは気がついているが、陽那は受けるつもりは欠片もなかった。自分の好みは自分より強い男だし、瑠那は彼のことが大好きなのだ。大好きな妹の片思いを邪魔するようなことはしたくない。
「それで問題って?」
隣に座った光世に用件を急かした。
すると彼は低く一度呻ってから、弁当を開けつつ口も開く。
「2つありまして。1つめは、アライランスに申し込んできた新チームなんっすけど、どうも新人イオターばっかりみたいなんっすよ」
イオターとは、陽那たちのように【脳波入出力対応型BIC】をつけている者達の通称だった。
「
一方、【脳波出力専用BIC】は、「アウトプットタイプ」で「アウター」と呼ばれている。
「そういう光世だって、あたしたちから見たら充分、イオター新人だけど」
「うぐっ。そりゃあね、陽那さんたちとくらべたらさぁ……」
光世が少しだけ不服そうに唇を尖らせてから、ご飯を口に運ぶ。
その様子を陽那は、横目でうかがって笑ってしまう。
ほんの1年前まで、ほとんどがアウターで、イオターはわずかしかいなかった。
光世もイオターになったのは、まさに1年ほど前からである。
それ以前は、前に語った脳への直接入力の危険性の他にも、社会的な問題を多数含んでいたため、イオターは基本的に禁止されていたのだ。
例外は、一部の条件を満たした認定研究機関による研究目的のみ。
そして陽那と瑠那は、たまたま適性を見いだされて、その認定研究機関での実験に参加していたのである。
ちにみに今も、イオターの問題が解決したわけではない。
たとえば、イオターならば試験の答えを知識として脳に焼きつけることができる。また、リアルタイムに高速ネットワークと接続された【
つまり、文学でもスポーツでも不正が可能になってしまうのだ。
さらに倫理的な問題も大きかった。
イオターになるには、子供が適していたのだ。
年齢が高くなるほど、訓練しても脳波入力の情報処理適応力をあげることができないことがわかっている。つまり、幼い内から慣れさせないといけないのだ。
必然的に実験対象は、「意志確認ができる中学生以上の未成年者」となった。
これに関して世論は、「子供で実験するとは何事だ」という傾向が強かった。
ところが、この世論が1年前に豹変した。
トーキョー・ダンジョン登場のためだ。
狭い空間内で、特殊な武器を振るい、神出鬼没の
しかも、チーム制があり人海戦術は使えない。だからと言って、少数先鋭を大量生産できるわけでもない。
その問題を解決したのが、イオターだったのだ。
言い方は悪いが、優秀な戦士が短期間で大量生産ができるわけだ。
東京の地下網の復活を望む、地下鉄の運営会社・帝都メトロ、都営地下鉄の東京都、そして国としても、イオターを認めさせるように世論をコントロールする必要があったのだろう。
いつの間にか、「イオターは夢の超人」、そして「イオターの
その上、奪還時には多額の賞金もかけられ、子供の稼ぎに目が眩む大人たちも現れだす。
こうして、トーキョー・ダンジョンに挑む
正直、陽那にしてみれば、今の風潮は少し鼻で嗤いたくなる。
イオターであることを隠しながら、礼金を受けとって実験に参加していた当時からは、考えられない変わり様だからだ。
それにイオターになったからって、すぐに誰でも強くなるわけではない。
脳が外部からの情報を処理できるように、最低でも半年は訓練しないと情報に溺れて反応できないどころか、パニックにさえなりかねないのだ。
彼女から見たら1年の訓練でも足らないぐらいだ。
ただ、光世は才能があるのか、もうすでにかなり扱いきっている。たぶん、個人の適応性も大きく関わってくるのだろう。
「で、その新人イオターは何ヶ月ぐらいなの?」
「それが1ヶ月ぐらいらしいっす」
「ええっ!? ちょっと……それは確かに酷い。よく潜る認可が下りたね」
「最近、また認可が甘くなったらしいっすよ」
「……ふーん。人数不足の所為かな。まあ、今回はフルアライランスで余裕あるから大丈夫じゃない?」
「う~ん……」
光世がおかずを口に運び、黙ってモグモグと口を動かしている。
その視線は、まるで澄み切った青空の向こうを見ているようだ。
そしてペットボトルのお茶で口の中身を流しこんでから、やっと考えていたことを口にする。
「でもねー。
強くなるためには、ひたすら自分の肉体を鍛えて、武器の扱いになれること。
そして、強い武具――
武具を手に入れる方法は2種類。
まず、強い敵を倒した時にドロップするのを狙う方法。ただし、手に入れてもそれに応じた
それからもうひとつが、敵を倒してたまるポイントで交換して手に入れる方法だ。
「始めたばかりなのに無理して、リペア貯金を減らしてなけりゃいいんですけどねぇ……」
そう。
なぜなら、トーキョー・ダンジョン内で、腕が千切れても、脚が喰われても、そして頭を失っても……
それが、リペア。
拡張現実で復元され、それが移相転換されて現実の物となる神のシステム。
言い換えれば、大人に言い訳を与え、子供を死地に送りやすくするシステムだ。
(まあ、そう言うとイメージが悪いけど。でも、死んでも生きているならいいじゃないか。だって、そのおかげで――)
そこまで考えて、陽那は反射的に思考を打ちきる。
だめだ。これ以上、考えてはいけないと、警報が鳴り響く。
「で、でも、リペア貯金は自己責任だから、そこまで気にすることはないさ。……で、もうひとつの気になっている事ってなに?」
彼女は強制的に話題を変えたが、光世はそれを気にした様子もなく「ええ」と応じた。
「今回集まった4チームのうち、1チームのよくない噂をちらっと聞いたんですが……」
「よくない噂?」
「また聞きなので真偽はわからないんですが……」
「ああ、じれったい! 早く言いなさい!」
「はあ。そのチームに……
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