第3話:挑む理由
陽那が目覚めて最初にすることは、
カーテンを開けて陽射しを浴びることよりも、体を起こすことよりさえも、まず枕元にある眼鏡型
ベッドに体を横たえたまま、白い天上に視線を向ける。
すると、目の前にいつもの文字が出る。
――パパのバイタルチェックモニタリング
日課になっているため、学習してしまった
陽那は、それを脳波で指定する。
側頭部に埋め込まれている
その結果を
――バイタル:正常
――座標:北緯35度41分/東経139度46分
――ロケーション:東京駅
いつも通りの結果に、陽那は安堵のため息を漏らす。
バイタルチェックにアラートを設定してあるので、何かあれば通知が来るはずではある。しかし、こればかりは確認しないと安心できない。
(絶対に助けに行くからね……パパ……)
今となっては、最大最難関と言われる超大規模拠点【東京駅】。
地下街や他の駅と接続するため、大手町、丸の内、日本橋、銀座という4つの街まで巻きこみ、最長直線距離で2.2キロメートルにもおよぶ、そこだけでひとつの迷宮と化している。
噂では、その最奥にはラスボスが眠っており、それを倒すことで通称「トーキョー・ダンジョン」は解放されると言われているが、もちろん根拠などない。
なにしろ、誰一人として東京駅を攻略どころか、挑戦できた
そもそもの始まりは、約2年前。
それは、埼玉県・越谷市から始まった。
陽那たち家族もそこに住んでいたが、その日は盆休みで家族全員が旅行に行っていた。
いや。家族全員は正確ではないかもしれない。
彼女の大嫌いな義理の弟は、他のイベントに参加するために残っていたのだ。
そんな最中、越谷市中心に謎の雲の壁ができあがり、推定約63キロ平方メートル、円周にして30キロメートルにもおよぶ範囲が、外部と隔離されてしまったのである。
そして、その隔離された世界では、【
なぜそうなったのか、それは陽那にはわからない。
空間振動で固有振動がどうの、重力波がどうの、難しそうな説明がいくつもメディアでは流れていたが、とにかく確かなのは「人間だけが自由に出入りできない空間」という非常識なエリアができあがってしまったということなのだ。
そして、その世界的にショッキングな事件が起きてから1年後。
今度は、東京のど真ん中でそれは発生した。
地下鉄を軸として、それに接続する地下街や、建物の地下の一部まで、この世界から隔離されてしまったのだ。
侵入できる入り口は、ほんの一部。
しかも中に入れば、
外部から侵入できない越谷と異なり、東京に生まれたダンジョンはいくらでも侵入できた。
そのため、警察や自衛隊までもが挑戦した。
しかし、越谷からもたらされていた情報と同じく、現実の重火器を始めとする武器は、まったく
通用するのは、やはりARから生まれた、ゲーム【
つまり、
東京は……日本は……人類は、そのゲームをクリアするしかなくなってしまったのだ。
(絶対に助けるから……)
事件が起きた時、運悪く東京駅にいた陽那の父。
彼と通信することはできないが、なぜかバイタル信号だけは受信することができていた。
それを信じれば、彼は未だに東京駅に囚われていることになる。
だから、陽那はチームを結成して、
東京駅にはまだ届かないが、東京駅攻略の重要な拠点となる、上野駅の攻略は目の前に近づいている。
なんとしても、この攻略を成功させなければならない。
それに彼女は、上野駅を攻略するだけではなく、そこで絶対に成し遂げなければならないことがある。
(そうだ。まずは上野駅で助け……あれ?)
だが、そこまで考えて、彼女の思考は混濁した。
頭の奥底にズンッと重い痛みが響く。
BICに余計な負荷がかかったのかと思い、慌てて
だが、頭痛はなかなか消えなかった。
(助け……あれ……なんだっけ……まさか障害……?)
彼女は、自分の呼吸が荒くなっていることを感じる。
心配になって、思わず側頭部を抑える。
両側頭部に埋め込まれたBICは、脳波と外部機器を接続するためのインターフェイスの役割を果たす。
ごく近距離の通信しかできないが、代わりに他の通信から影響を受けにくく高速通信が行えるシステムだった。
ただし、通常のBICは「
何しろ複雑な構造の脳へ、外部から情報を叩きこむのだ。一歩まちがえれば、脳を破壊するような大変なことになるかもしれない。
(……頭痛……収まった……かな)
しかし彼女は妹と共に、とある研究機関と契約し、「
すなわち、彼女のBICは、脳に情報を流しこむことができるのだ。
ただ、その機能は
日常生活の中で、脳に負担をかけることはないはずだった。
(なんだろう……最近、よく頭痛がする……?)
実験に参加して4年にもなるが、今までこんな事がなかった。
彼女は少し怖くなる。
「…………」
ゆっくりと体を起こして、彼女は眩暈などしないことを確認する。
気分を変えようと、やっとカーテンを開けて、全身に陽射しを浴びる。
残暑も一段落してきた。
体を動かすには、ちょうど良い季節だろう。
――ニャーン!
そして、光世からのボイスメールが届いている旨の表示。
彼女が意識を向けると、スピーカーからメッセージが流されはじめる。
「おはようっす! 言われたとおり、アライアンスの話をしておいたんっすけど……ちょっと気になることがあって。今日の昼休みに、いつものところで説明するっす!」
わざわざ後回しにすると言うことは、なにか言いにくい話なのかもしれない。こんな言い方されては、気になって仕方がない。
彼女は寝汗をかいたパジャマを脱ぎ捨て、学生服に着替え始めた。
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