第7話:拒絶する記憶

 階段を上りながらの戦闘は、高い危険が伴う。

 だから、陣形にはかなり気を使わなければならない。


 先頭は、光世と魔法剣マギアソード使いの桐生が並んだ。

 殿しんがりは、バランスがよいチーム【ラストスパート】が勤めている。

 中央部分は、女性弓兵の多いチーム【猫夜叉】が配置された。

 この配置は非常に効果的に働いた。


 その中でも獅子奮迅の働きを見せたのは、光世だった。


 階段という足場の悪い場所でも、上から襲いかかってくるARCアークを装備した円形の片手盾スモールシールドで避けながらも、確実に片手斧アックスの刃を叩きこんでいく。

 彼の持つ片手斧アックスは、銀座線・浅草駅G-19のボスを斃した時にドロップした武器だった。

 名は、【衝撃の戦斧インパクト・アックス】。

 その左右に刃がついた片手で持てるサイズの斧で、彼は狭い空間ながらもそれを縦横無尽に振るっていた。


「――くっ!」


 だが、次々に斃している最中に勢いをつけられず、ついには最後に現れた熊のようなARCアークの硬い掌で、斧の刃を押さえこまれてしまう。

 それでも、光世は慌てない。

 その0距離という状況こそ、【衝撃の戦斧インパクト・アックス】の真価が発揮されるからだ。


「インパクト・レフト!」


 光世の音声入力と共に、刃の付け根についている噴出口から、蒸気のような物が吐きだされる。

 と同時に、刃が片側に寄って飛びだした。

 それは衝撃波をともなって、対象に襲いかかる。

 熊の掌は、いつも簡単に切断されて吹き飛んでいく。


 腹の底が震える、獣の怒号。


 焦げ茶色の体毛が逆立つ。


 立ちあがった腹部が縦に割れる。


 そこに現れるのは、牡丹色の肉襞。


 渦巻くように蠢く姿は、まさに咲き誇る牡丹の花びら。


 しかし常に脈動し、獲物を取りこむのを待っている。


「きもちわりーんだよ!」


 光世はその熊の額に、【衝撃の戦斧インパクト・アックス】の先端を向ける。


「モード・ボウガン!」


 素早く柄の手前を下に折り曲げる。

 敵に向けられた先端に穴が空く。

 そのスタイルは、まさにボウガン。


「インパクト・ショット!」


 刃の付け根、その上下からまた噴きだす蒸気。


 ほぼ同時に柄の先端から、見えない衝撃の弾丸が射出。


 弾ける頭は、まるでスイカ割り。


 少なくとも、陽那はそう思っていないと見るに堪えなかった。



――Congratulation!!



 その熊を斃すと、ARCアークの襲来が落ちついた。

 3チームは一気に上野駅のコンコースまで駆け上がる。

 四方に注意を向けながら、券売機を背に陣営を整える。

 中は酷い戦闘の跡がうかがえた。

 背後の券売機も焼けたり、穿たれたりしている。

 しかし、天井や床、そして柱などは汚れはしているものの破損はしていない。

 システム的に守られているのだ。

 それに破壊されたある一定のオブジェクトも、戦闘が終了した時にARCアーク側が勝利しているとAR修復機能で修復されてしまう。


「円井デパートへの連絡は5aの出口……こっちだ」


 別チームのメンバーが指をさす。

 陽那たちは少しずつ歩みを進め、そちらの方を覗きこむ。


「……これ……は……」


 向かって正面に、円井デパート地下1階への入り口が見える。

 だが、そこのガラスのドアはすべて粉砕され、何か大きな物が通り過ぎたことを表していた。

 そして、その手前左には、飲食店などが並ぶ商店街があるが、それも爆弾テロでもあったのかと思わすような風景だった。

 ガラスというガラスは砕け散り、ディスプレイされていた商品は床に飛び散り、壁は焼け焦げている。

 そしてなにより驚いたのは、床に転がる無惨な死体。

 ざっと見て、3~4体分はありそうだが、正確なところはわからない。

 どれが誰の手足で、どれが誰の体なのか。

 血液溜まりは、そこかしこでつながり、壁にまで大きなシミをいくつも作っている。もうある程度は見慣れた風景だったが、気の強い陽那でも最初の頃はこれだけで卒倒しそうになった。


「1……2、3人……か」


 ただ、オートリペアのスタンバイ状態を表す、火の玉のようなマーキングを数える。ARCアークの領域のままでは、オートリペアは発動されずスタンバイのままだ。発動させて蘇生されるには、この場所のボスを斃して占拠を行わなければならない。しかも、スタンバイになってから30日間で。


「他のメンバーは……」


 陽那は呟いてから気がつく。

 登ってくるまでしていた、物音がほとんどしなくなっている。

 それに光世も気がついたのだろう。

 かわいい顔を歪めて、拳を握りしめる。


「全滅……っすかね」


「…………全滅…………」


 その単語が、前触れもなく雛の頭を叩いた。


 全滅……。


 全滅……。


 全滅……全滅……全滅全滅全滅全滅全滅全滅………――


 突然、何かが暴走したように、陽那の頭の中に言葉がリフレインし始める。


 ――死!


 それが鍵だったように、何かの蓋を開ける。


 開いた口から、大量のイメージが流れこむ。


 ――死……死死死……犠牲全滅勝てる負ける助ける助けない逃げる逃げない大事大切守る守られる――


 血だらけになる仲間たち……


 襲いかかる黒い影……


 パニック……


 吹き飛ぶ脚……


 誘いこむ瑠那……


 妹の上に翳される、大きな掌……


 ぺちゃっ……


「いや……いや……いやいやいやいやっ!」


 陽那は頭を左右から潰すぐらいの勢いで押さえつける。

 振る。

 激しく左右に振る。

 だが、消えない。

 映像は、頭から消えない。


「ああああああっ!!!」


 両膝をついて、そのまま点を仰ぐ。

 見えるのは、天井の光。


「陽那さん!」


 光世や仲間の顔。


 でも、そこにいない。


 瑠那はいない。


――プツンッ


 頭で何かがキレる音。


 ブラックアウト――





「……お姉ちゃん……」





 その時やっと、陽那に妹の声が聞こえた。

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