第8話:甦る記憶

 ――小さい頃は正直、妹のことを鬱陶しいなと思っていた気がする。


 でも、いつからだろう。

 何かにつけて、あたしの真似をする妹が、とにかくかわいくて仕方なくなっていた。

 何をやっても、「おねえちゃん、すごい」と言ってくれる妹。

 何をやっても、「おねえちゃんと、いっしょがいい」とついてくる妹。

 いつ頃からか、「ああ。あたしはおねえちゃんなんだ」と妙に実感し始めた。

 そのとたん、妹――瑠那――は、あたしの宝物になった。



 中学生になって、イオターにならないかという誘いが来た。


 その頃、パパに剣術を習っていたけど、ちょうど伸び悩んでいた。

 道場でどうしても勝てない男の子がいたのだ。

 だから、「超人的になれる」というイオターの誘いがチャンスに見えてしまった。

 今から思えば、その考えは馬鹿だったと思う。

 イオターとして、その男の子と戦えるわけでもないのに。

 でも、その時はどこか盲目的になってしまっていたのだ。


 ところが、瑠那も同じようにイオターになると言いだした。

 確かに瑠那にも適性があった。

 しかし、イオターに危険性があることは理解していたので、瑠那にはやめるように勧めた。

 瑠那に何かあったらと思うと、あたしは心配で仕方なかった。

 でも、瑠那は言うことを聞かなかった。


「お姉ちゃんと一緒がいい。お姉ちゃんの側にいたい」


 そう言われてしまえば、あたしは突き放すことができなかった。

 しかし、その後に瑠那は剣術をやめてしまう。

 自分に剣術の才能がないと言いだしたのだ。

 イオターになって、なんとなく悟ったのだという。


 その代わりに瑠那は、あたしの応援をしてくれるようになった。

 胴着の洗濯や、弁当の用意まで、母に変わってやり始めた。

 まるで恋人かと思うほどのかいがいしさだ。


「お姉ちゃんは、わたしの憧れなの。お姉ちゃん、がんばってね!」


 最初はおにぎりから始まり、中学卒業の頃にはかなり凝ったおかずの弁当を作れるようになった。

 正直、もう料理の腕では負けていた。

 しかし、あたしは妹の憧れの姉であろうと思った。

 剣術に打ちこみ、勉強もがんばった。



 そんな中。

 現実が拡張された。


 自宅のあった越谷は隔離。

 あたしたちは、旅行から帰る場所を失っていた。

 それでも、あたしと瑠那が受けとっていた実験体としての多額の謝礼金があったのが幸いした。

 それに、国が補助金も出してくれた。

 おじいちゃんの貯金もあった。

 なんとか、都内にマンションを買って、やっと普通に暮らせるようになった。

 我が家で面倒を見ていた義理の弟は越谷に残されたけど、あたしは彼が嫌いだった。

 可哀想だとは思うが、仕方がないと割り切った。


 だが、2度目の拡張が起こった。

 たまたま東京駅にいたパパは、巻きこまれてしまった。

 瑠那は泣いた。

 あたしも泣きたかった。

 けど、泣かなかった。

 あたしは瑠那のお姉ちゃん。

 パパがいない分、瑠那はあたしが守らないといけないんだ!



「だから、お姉ちゃんはわたしのこと、一生懸命守ってくれようとしたんだね」



 明かりはない。

 いや、それだけではない。

 下もない、上もない、なにもない。

 あたしの体さえない。

 ただ、目の前に制服を着た瑠那だけが浮かんでいる。


「いつもありがとう、お姉ちゃん」


 お礼なんて言わないでくれ。


 あたしは……そうだ!

 あたしは、あの時にお前を見殺しにしたんだ!


 大事な妹を……瑠那を……。


「見殺しになんてされてないよ?」


 ――したんだ!


 そうだ。

 あたしたちは一度、上野駅に挑戦しているじゃないか!

 なぜだ……なぜ忘れていたんだ?


「だってしかたないよ。いっぱい仲間が死んじゃって辛かったもん」


 ……違う……。


 違うんだ!


「ん? なにが?」


 あたしは……あたしは自分が……許せなかった……。


 あの時、トラップにやられてあたしたちは分断された。

 そして、パニックになった何チームかは逃げだして……。

 あたしたちのチームは、ボスに道を塞がれた。


「うん……。でも、みんな逃げられてよかったよね」


 それは……それはおまえが……瑠那が、ボスを元の部屋まで引きよせてくれたからだ!

 本当は、それはあたしが、リーダーのあたしがやることだったのに!


「だって、あの時、お姉ちゃん、大けがしちゃってたじゃない。奮闘してみんなを助けて、何回も大怪我してポイントも底をつきはじめちゃって」


 ポイントだって、あたしが無理して、高い魔法剣マギアソードを手に入れようとさえしなければ!


「そんなことないよ。あれは本当に計算違いだっただけ。それに位置的に、わたしだけあいつの背後にいたからね。できたのは、サブリーダーのわたしだけだよ」


 でも、その後、あたしは逃げて……。


「逃げたというより、気を失ったまま光世に抱えられていっただけじゃない。でも、よかったよ。お姉ちゃんが気を失ってくれて。そうしないと、お姉ちゃん……きっと無茶したよね?」


 無茶でも!

 無茶でも……あたしは助けたかった……助けたかったんだよ……。


 でも、助けられなかった。

 戻っても辛くって……。

 ママも……直接は責めてこないけど……無言で……きっと……。

 あたしはいたたまれなくて……認めたくなくて……。


「うんうん。だから……だね」


 そうだよ……だからだ。


 だから、瑠那は側にいると……信じた!


「うん。……だから、わたしが生まれたんだよ」


 ……そうか。


 やっぱり「いた」のか……。

 幻覚じゃなかったんだな。


「うん。幻覚……とは違うかな」


 瑠那……いや、おまえは一体、誰なんだ!?




「わたしは――」

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