第9話:喚起される魂

「――わたしは、瑠那だよ。お姉ちゃんのために生まれたの」


 あたしの……?

 じゃあ、やっぱり幻覚なのか?


「ううん。お姉ちゃんが願った命令が、BICに流れたの」


 ……え?


「お姉ちゃんは無意識に、わたしの姿が側にあって欲しいと願った。その命令信号が、BICからわたし……の元に届いたのです」


 声が!?

 ……誰なんだ、おまえは!?


「私は【ABC-0001M】。通称、マリア」


 マリア……。


 ――あっ! ABCって、まさか!?


「はい。【人工頭脳型コンピューターArtificial Brain Computer】のマリアと申します」


 そんな……そんなバカな!?

 ABCは、越谷にしかないって……。


「越谷にいるのは、私のいわば妹。あなたたちのARETINAアレティナの管理を行っているのは、この私なのです」


 もう1台、ABCがあったと?


「それは、現在の論点ではないので回答しません。それよりも、あなたが見ていた【瑠那】は、簡単に言えば私が作りだしたARだということをお知らせしておきましょう」


 AR……でも、ARETINAアレティナを外しても、見えていたぞ!

 それに頭を撫でた感触だって……。


「しかし、ダンジョン内でしか【瑠那】とは逢えなかったはずです。瑠那の姿は、BICを通してあなたの脳に直接、送りこんでいたのですから」


 脳に直接……イオターとしての機能がダンジョン内だけだからか!


「はい。その通りです。感触も脳に直接信号を送りました」


 で、でも、いくら人工頭脳とは言え、妹との会話が自然すぎないか?

 マリアがマリアとして話しているならわかるが、なんでマリアが瑠那として話せる?


「それは、あなたが望むように応えているだけですから」


 望むように?

 ……まさか、あたしの脳波を読み取って!?


「はい。あなたが無意識に推測している『瑠那ならこう答えるだろう』というのを受けとって、ARとしてあなたの脳内に再生したのです」


 …………。


 でも、それはおかしい。

 あたしはさっき、妹を見殺しにしたと本気で思っていた。

 なのに、さっきそれを否定したのは?

 あたしが、無意識で否定して欲しいと思っていたと言うことか?


「……そうですね。『そうだ』と答えていいもいいのですが」


 …………。


「ほんの気まぐれでしたが、私はあなたに姉妹の関係という物を学ばせていただきました。そのお礼に少し真実を教えましょう。……たとえば、壊れたデータを回復する一番簡単な方法はなんですか?」


 な、なんだよ、いきなり……。


「わかりませんか?」


 バカにすんな!


 ……そりゃぁ……えーっと……。


 あっ! バックアップから戻すとかじゃないのか?


「はい。正解です。……つまり、そういうことなのです」


 ……は?


 そういうこと?


 …………!?


 ――って、まさかダンジョンのAROUSEアロウズ自体を管理しているのも!?


「はい。私です。いわばゲームマスターなのです」


 ……そうか!

 そういうことなのか。

 だから、いろいろな期間制限が……。


「ええ。私の記憶領域も無限ではありませんので」


 つまり、ある意味であたしが見ていたARの瑠那は本物だった……。


「そうだよ、お姉ちゃん」


 ……あはは。

 突然、戻ったな。


「だって、もうマリアから説明を受けたんでしょ。そうしたら、そろそろわたしもお別れだしね」


 え? お別れ?


「そうだよ。わたしはわたし。マリアとは別の意識なの。わたしは、人工頭脳が瑠那の記憶から作った、人工知能意識体【瑠那】ってところかな」


 ……ま、待って!

 意識体って、つまり「気持ち」があるって事だよね!?


「……さっきお姉ちゃんも言ったよね。『瑠那は本物だった』って。そうだよ。わたしは、瑠那として『お姉ちゃんのために生まれた』の。だからもちろん、お姉ちゃんのこと大好きな気持ちだって、ここにちゃんとあるよ」


 ……そ、そんな!

 それじゃ、あたしがあたしを慰めるためだけに……あたし、そんなことしちゃったの!?


「大丈夫だよ、お姉ちゃん。わたしは、初めからそういう役目だってわかっていたし。消えることもわかっていたから。最初から、拡張現実ARにだけいる存在なの」


 ち、ちがう……あたしはそんなこと……。


「お姉ちゃんが元気になってくれてよかったよ。あと、短い間だけど楽しかった。本物のわたしのこともよろしくね」


 本物って……おまえも本物だろう!?

 消えるんだぞ! 怖くないのか!?


「……怖いよ」


 ……あっ……。


「自我の消失……。わたしが消える……わたしじゃなくなる……。わたしって、何だったんだろう……って考えちゃう」


 な、なら消えなくても……。


「もうひとりのわたしを見ながら? 無理だよ、そんなの……」


 …………。


「でもね、お姉ちゃん。今、こうして考えているわたしがいなくなる……そう考えただけで怖いんだけど……だけどね。わたし、役に立ってたよね?」


 ……ああ。

 ああ、当たり前だ!

 あたしはお前がいなかったら……もっと壊れていた。


「なら、意味があった。たぶん、私は存在できた。救いという存在・・・・・・・になれていたんだね」


 ……難しいこというな、バカ。


「えへへ。自分でもなに言ってるのか、よくわかんないや。……でも、ねぇ。命ってなんなんだろうね。今、死んでいるわたしがARで蘇って、それが実体を持って……それって生きているってことなのかな? 命なのかな?」


 ……わかんないよ。

 あたしだって、そんなに頭よくないんだ。


「…………」


 でもさ……。

 でも、あたしは嬉しい。

 瑠那が側で笑ってくれたら嬉しい。

 瑠那が言ったとおり、救いになる存在が命・・・・・・・・・だ……。

 心が感じられるもの……それでいいんじゃないか……と思った。


「……うん」


 ありがとう、瑠那……。


「うん。じゃあ、最後に瑠那から1つお願いね」


 ……なんだ?


「お姉ちゃん……負けないで。いつまでも強くてカッコイイお姉ちゃんがいい」


 …………。


「わたしね、光世が好き。けっこう、光世ってかっこいいしね。それにすごくいい奴なんだよ」


 知ってるよ……。


「でも、光世はお姉ちゃんが好きなんだよね。でも、お姉ちゃんは、自分より強い男が好き」


 ああ……。


「だから、お姉ちゃんはいつまでも強い存在でいてね」


 ぷっ……。

 そうだな。


「それにね、光世はかっこいいけど、わたしの中の王子様は……やっぱりお姉ちゃんなんだ」


 あたし、これでも女だぞ。


「うんうん。だから、お姉ちゃんより強い男が現れるまで。……負けないで」


 なんだよ、それ……。


 でも、わかったよ。

 負けない。

 もう逃げない。


「うん。約束。……じゃあ、そろそろお別れ。お姉ちゃんも起きないと、あいつが来ているから」


 ……ボスARCアークか!?


「うん。光世もがんばっているけど……やっぱりお姉ちゃんじゃないとね。さあ、お姉ちゃん……魂をこして……」


 ああ……。


 わかっている……わかってるさ!


 ……行くぜ!!





「――喚起アロウズ! 【魔法剣マギアソード炎と氷コントラスト】!」

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