第10話:目覚める魂
ここは、銀座線・上野駅の地下コンコースだ。
湖でもなければ、海でもない。
低い天井があり、狭い通路が存在するだけの場所。
もちろん、水没などしていない。
しかし、そこで巨躯を誇っていたのは、水棲動物の蛸だった。
水がない中、壁や柱、天井に足を伸ばして体を固定している。
妙に白い吸盤が呼吸するように動いては、ペタペタと貼りついていく。
その足は、本気で伸ばせば、端から端まで数十メートルはあるだろう。
卯の花色――少し黄色みがかった白――の全身に、消し炭色の格子模様が浮かんでいる。
ヌメヌメとした艶を返しながらも、よく見ればそこには短い体毛があるように見えた。
中央で左右に飛びだした眼球部分。
上下の瞼のように見える間には、意志を感じさせない黒目が細長く覗いている。
光世を始めとする
本来、柔かなはずの頭部は、墨色をした巻き貝の殻に包まれていたのだ。実際の蛸にも、そういう事をする種類がいるらしいが、
だが、天井の狭い場所だ。
頭は体の後ろに回され、正面からは攻撃しにくい。
しかも、回り込もうにも長い足が器用に邪魔をしてくる。
(いっぺんに攻撃してくるのは、手つき足4本……)
8本あるなかで、4本だけ先端が違う。
先端に、なぜか人間のような肌色をした手がついているのだ。
見れば、右手と左手が2本ずつある。
光世は、その攻撃してくる足……いや、手をギリギリでよけては、
だが、その作業は虚しかった。
切った手の切断面から、数秒後。
まるで、白く濁った粘液みたいなのがしみ出てくる。
それがあっという間に、切られた部分の形を作る。
そして、変色すれば復活となってしまうのだ。
(やっかいな高速無限再生……そして……)
蛸の動きが変わった。
頭の下、本来ならば口がある当たりが、
排水溝についている割れゴムのような襞が開いていく。
「――来たぞ、タマゴ処理班!」
光世が指示をだしている間にも、その襞襞で囲まれた口からまるで真円のような絹のような色をしたタマゴがゴロゴロと転がり出てくる。
真円をしているためか、あっという間に広い範囲に広がっていく。
次々と、次々と……。
その数、10数個。
だが、それは次々と割られて弾ける。
専属の弓兵2人が、次々と射貫いて潰しているのだ。
また手が空いている
これを放っておくと、10秒もしないうちにこのタマゴから、小さい蛸が出てきて暴れ出す。
そうなれば、下手すると陣形が崩れてパニックになる。
そして、残りの者達は蛸が動きをとめている内に、その口の中に攻撃を叩きこむ。
水棲動物タイプの弱点は、炎系か雷系が多い。
だから、全員がその属性をまとった攻撃をそこに撃ちこんだ。
この手の的の定番攻略だ。
だが、違った。
何度かその攻撃をくりかえしても、あまりダメージが効いているようには見えない。
拡張された現実で行われる
だから、ダメージを受けているかどうかは、見た目で判断するしかない。
(けど、どう見てもダメージが通っているように見えない……。ヤバいな)
光世は、焦った。
本来、ボス部屋である円井デパートの地下で戦闘を行うはずだった。
地下1階……正確には地下2階と貫通して繋がっているエリアには、そこにあっただろう店舗の形跡はもちろん失われている。
2階分の空間が空いていて、その下1階分が深いプールのような水たまりになっていたのだ。
そこで上から頭の殻を狙って戦う予定だったのだが、すっかり予定が狂ってしまった。
(どうする……このままじゃ、MPがきれて終わる……。けが人も出てポイントも減ってる……)
本来のリーダーである陽那は、ヒステリーを起こしたかと思うと痙攣してから気を失った。
今は背後の階段口に隠す様に寝かせてあるが、彼女が目覚めなければ前回のように抱えて逃げなければならない。
ところが、今回は前回と違った。
蛸は、銀座線の浅草方面から現れた。
そして、光世たちをボス部屋方面へと追いやってきたのだ。
登ってきた階段のところには、すでに蛸の足が伸びてしまっている。
もうひとつ降りる階段はあるが、そこまで辿りつけるかも怪しい。たどり着いたとしても、そちらの階段の
場合によっては、挟み撃ちになる可能性もある。
残る逃げ道は、日比谷線側への連絡通路だ。
しかし、そちらに入ってしまえば、今度は
(方法は2つ。蛸を斃してたこ焼きを作るか、一か八か渋谷方面への階段を下るか……)
悩んだ。
光世は、サブリーダー代理、今はリーダー代理として責任がある。
だが、それに意識を囚われすぎた。
「――なっ!?」
気がつかなかったのだ。
横から、巨大な手が近づいてきていたことに。
「ちっ!」
刹那に捌く光世。
重なる巨大な指と
腕に伝わる激しい振動。
弾かれ回転する、朱色の
それはまるで強風に弄ばれた風車。
「しまっ――」
声をあげるより前に、被さる影。
手……。
瞑る双眸。
光世の脳裏に、蘇る瑠那の最後。
(瑠那……僕も……)
流れる走馬燈。
だが、そこに走馬燈を吹き飛ばすような声が響く。
「モード・グラキエース!!!!」
その瞬間。
光世はひんやりとした手で、頬を優しく撫でられた気がしていた……。
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