二冊目 獄楽天極

其処で何をしている。風邪を引きたいのか?

「それとも何か探してるのか?」


 こんな所に人が来るなど、滅多にあるものでは無いからな。特に理由がないのなら早く此処を去った方がいい。

 なんだ。行きたい所があるのか?ただ道に迷っただけか。それなら出口まで連れて行ってやろう。

 自分から望んでここに………?なら、この裏通りの何処へ行きたいというのだ?

 モノノカタリベ貸本屋………か。止しておけ。碌な事が起きんぞ。お前の物語が喰われるだけだ。そもそもあの貸本屋は人の為にあるものでは無い。如何してもというのなら構わんが、あの貸本屋は人の営みを知りたいと願う人外どもの為にある。そして、人外と接した人間の、物語という名の記録の保管だ。人が行くところでは無い。

 それでも、如何しても、か。何があっても揺るがないようだな。

 そこまで言うなら致し方無い。独りで此処を歩くのは無謀だ––––––私が貸本屋まで送ろう。

 雨の音がするだろう。此処にいる危険な奴は何も、貸本屋の店主だけでは無い。魑魅魍魎、悪鬼羅刹、狐狸妖怪、様々な物が渦巻く。判るか?

 裏通りは表通りと反して暗部を担う。何事にも裏と表がある。あんなに神秘に満ち溢れ、人の世の光となる神でさえその片方が欠けると存在が保てなくなるのだ。其れを補いあって神は成立しているらしいがな。

 私か?私は私のすべき事をしている、それだけだ。

 では、お前の目にはどう見えるのだ?この私は、この私の姿はお前はどう見る?

 魑魅魍魎に見えるか?悪鬼羅刹に見えるか?狐狸妖怪に見えるか?残念だがそのどれでも無い。

 質問か。いいだろう、何が聞きたい?

 そう言うと思ったよ。

 私は自らの意志で此処にいる。そして自らの意志でこれを着ている。

 さあ、もうすぐ着く。きっとあの店主がまたにやにやと笑い、お前を迎えてくれるだろう。


 ようこそ、モノカタリ貸本屋へ、––––––とな。

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