*
ふたつからよつ
そこは奇妙な場所だった。
棚から溢れるくらいの量の本が部屋中にある。部屋と言っていいものかわからないが、少年はその雰囲気にすっかり呑まれてしまっていた。
「此処が、君が求める彼女に会える場所ですよ」
「ば、ばしょ?!」
「そう、此処こそが君の求める、」
貸本屋。
ごくん。少年は唾を飲む。やけにその音が響いた。
「貸、本屋」
「そう。貴方が日々噂する、貸本屋。辿り着いた者は物語にされてしまうという伝説」
ふふ、と。御坊は少年を見て笑った。何かを含んだような顔だ。
「安心して下さい。店主が余程気に入らない限り、本になんてなりませんから」
まあ、記憶くらいは抜かれるかもしれませんね?
そう、何ということもないように彼は微笑した。
「ここに、佐奈がいるのか?」
「厳密に言えばそういう事になりますね」
「どういう事だ?」
「今、迎えに行ってもらっているところなんですよ」
「………?」
少年は怪訝そうに眉を顰めた。そんな少年を微笑ましそうに御坊は目を細める。
「ところで君、どうして佐奈さんを追いかけるのですか?」
「え?」
「貴方の
死んでしまっているのでしょう?」
「––––––
え 」
少年は。
目を剥いて、疑問符を発した。
緩やかに御坊は微笑する。
「貴方は––––––」
もう
手遅れです。
「な、」少年は後退った。「何言ってるんですか? 僕はここに––––––」
「君のことは聞いてない」
言葉尻を取って、御坊はその微笑みを顔から消す。
「《佐奈》の正体は貴方はもう既に知っている筈なんですよ。だって」
「––––––っ」
「佐奈を逃したのは、貴方ですものね」
ねえ、もう。
終りにしたほうがいいんですよ。
貴方がそれを求めている。
彼女は救いを求めている。
「人ならざる者たちと、人との間で出来た縁の糸が織り込まれた布でできている、それを」
始まってすらいなかったのだろうか。
僕と彼女は、始まってすら。
「あってもなくても、本の内容に支障は来さない、本の一部。でもあった方がいい。その方が本を読みやすくなる––––––買いたくなるのは、ある方だ。そして本と一体になっていないからこそ、本から外れて様々な
徐に、御坊は棚から一冊の本を取り出した。編纂が済んだ、超短編。その題名はわからない。見えないようになっている。
「君が約束したのは、君が悲しんだのは人間ではない。彼女の寿命は君より永く、君より死に難い。そして何より、君と彼女の世界を作り変えたのは––––––彼女です」
だから君の口調は、この本とは違ってしまっている。君の《佐奈》に対する認識も、変わってしまっている。それは全て《佐奈》の所為。
「何故か、知っていますか?」
彼女は、
「君に、携帯小説を書いて欲しくなかったんです」
「………え?」
「携帯小説ではあまり使わない機能です。章分けされている物語を、更に分けて表すのですから––––––必要ない。或いは、気にすら留めない」
寂しい、寂しい。一人は寂しい。
少年の手が拳に握られた。
「《佐奈》は、様々な世界を作り変えた。それをするだけの力はあった、だから私は一つ一つの世界で縁を断った。《将校》はある一つの世界に留まった《佐奈》を見張った。そしてある日、とんでも無いことが起こったんです」
「とんでも、ない?」
「そう––––––
佐奈が、分裂したんです」
ぱくん。
何かの音がした。
「しかもそれだけでは止まらず、始めは分裂した己を見守っていたのを––––––直に手を出し始めた。彼女の性質は変化し、新たなる人格が」
それでも。
御坊は少年に聞く。
「君は、《佐奈》を捜し求めますか」
少年は。
下唇を噛んだ。
「っせえ––––––佐奈を、」
少年は。
「佐奈を助けられるのは、僕しかいないんだよ!」
少年の白い髪が、凪いだ。
さて、もうすぐ時間ですね
ええ。よく言うじゃないですか––––––物語の終末を見つけるのは、読者だって。折角来店して頂いたのだから、終末を見つけてもらいましょう
ありますとも。見つけられるかどうかは、わかりませんけどね
じゃあ、頑張って見つけてください。
ヒントなんてありませんよ。如何してもと言われても知りません。
しつこいですねえ
じゃあ仕方ない。これだけですよ
もう一度 です
もう いちど です よ
《未編纂》
もののかたりべかしほんやうらじしょう
りょう
もののかたりべかしほんや
み
かん
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