短編を纏めた物
編纂とワラシ
「お早う、今日もよろしくね。かえで」
「お早うございます、先生。今日も一日、よろしくお願いします」
お早うございます。この言葉から、私と先生の一日は始まります。お早うございます、お早うございます。とっても素敵な言葉です。
始まる前に、私はご飯の用意をします。私は食べなくとも生きて行けるのですが、先生はそういう訳にはゆきません。
そうしている内に先生が起きられます。
「おや、今日の水はなんだか酸っぱいね。
その通り。流石先生です。
最近益々暑くなって、熱病が多いらしいと近所の方々が噂されていました。先生はお身体が弱いので、すこうし心配したのです。
「かえでは気が効くなあ。流石だよ」
そういうと、先生は一旦ご自分の寝所に戻られます。着替える為だと思います。見たことはないですが、私が先生のお部屋に朝餉をお持ちした時はいつも着替えた後です。
あっ、忘れていました。先生はお休みになられる際、いつも浴衣姿です。西洋風のお召し物は肌に合わない、らしいです。私は結構お似合いだと思うのですが………。
先生はあまり食べられません。好むのは野菜の類です。好物はいんげんの胡麻和えです。沢庵がお好きです。お豆腐の料理もよく食べられます。なんだかお寺の料理みたいです。お肉も悪くないですよ、と口にしたことがあるのですが、先生は笑って「そうだね。じゃあ今度、牛鍋でもしようか」と仰いました。
牛鍋………。知り合いの夢に出てくる例のあれを思い出しそうです。
さて、朝餉の準備が整いましたら、先生のお部屋に運びます。私が先生のお部屋の前に来ると、先生はなぜか私が来たことが分かるようで「おいで」と戸を開いてくださいます。私を中に迎え入れると、先生は微笑みながら私を前に座らせて、御飯を召し上がります。私は御飯を食べなくても生きていけるので御飯は要りませんと何度も何度も言い続けていたら、「それなら見ているだけでもいいから。一人で御飯を食べるのはいささか淋しいものだよ?」と先生が仰いましたので、毎日こうして御飯を食べる先生のお顔を見ています。
そうしていると、机の上にある万年筆が滑り落ちそうになっています。あっ、と思い、私は先生の横を通り過ぎ
「かえで」
私は、––––––
「せん、せい––––––」
「いいよ。君がそうしたいなら––––––」
「逃げてくぁさい。せんせいなら、できるでしょ」
「できるけどね、したくないよ」
「なんぇ、どうして」
先生はあの時のように、
「こんなに可愛らしいきみを、壊す事なんてできやしないよ」
もう。
なにいってるんですか。
私は、万年筆を畳の上に落とす。
「先生」
「なんだい?」
「すきです」
先生はいつもの事のように、いや、いつもの事だから、いつものように、優しい目をしていた。
「愛してるよ。愛しい
私は精一杯先生に似せて笑って、その言葉に返す。
「私もだいすきです。愛しい先生」
こうしていつもいつまでも、私と先生の日常は続く。
私はこうして生きていく。
例えこれが、誰かの暇潰し程度しかない感覚で潰れてしまう事だとしても。
まあ、そんな事があっても。
その時は先生と一緒に死ぬから。
別にいいけどね。
ねえ。
これが私の、日常です。
編纂とワラシ 了
《編纂済み》
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