閻魔の沙汰 2
口を大きく開いて村一つ飲み込む。
むかしむかしのお話。
私の家は
巫覡とは簡単に言うと巫女や神主の家系のことである。私も詳しいことはよく知らない。神社に生まれつくとか、多分そういうのだ。
私はここから出たことがない。
この鉄格子の外へ、出たことがない。
きっとここは地下なのだろう。吊られた電球と、狭い部屋。遠く上の方から差し込む小窓の光。そこからかすかに見える新緑の香。
青い空。
寒くはない。暑くもない。それは正しく《無》を意味するかのように、必要最低限のものを取り揃えた四畳半が、私の全てだ。
部屋に沿って鉄格子が設置されている。この向こうに何があるのか、私は知らない。
「栞」
唄うように私の名前を呼ぶ彼女がいる。
私は唯一の出入り口になっている、外から鍵の掛けられた扉の方を見た。
まっすぐ長い黒髪は、細く首の辺りで結わえられている。
「………佐奈」
私は彼女の名前を呼んだ。
佐奈は、いつものように微笑した。
「今日の気分は悪くなさそうだね、栞」
「いつも通りだけど」
「あなたに何かあったら困ってしまうもの。何も無い方がいいの」
「だろうね」
噛み合わない会話。
「あと一週間になってきたの。今日はみんなで祠をお掃除したのよ」
「へえ。大変だったんじゃない? どういうものか知らないけど」
「とても神々しいのよ? 足跡なの。私たちに残された、足跡」
佐奈は、私の乳母のようなものだ。
私が十四歳になるまでは、唯一この鉄格子の中に入ることのできる存在だった。十四歳になってからは入らなくなった。きっと入る必要がなくなったからなのだろう。
髪をすいて貰っても、体を洗って貰っても。
この人は私のことなんて、何一つ理解しようとしていない。
私は、もう諦めてしまった。
彼女を理解しようとしても、無駄なのだと。
とうの昔に、わかってしまって。
滔々と、自分の世界に入り込む彼女に意識を遅らせるには、効果的な言葉が二つほどある。
一つは決して言ってはいけない言葉。
もう一つが、
「佐奈、何かお話しして」
––––––この、言葉だった。
佐奈はにっこり微笑んで、嬉しそうにする。
何か、と言っても、佐奈が語るのは一つしかない。
この地に眠る主の話。
この地で生きる伝承の話。
そして私が、この身をもって思い知る、人を捧げる人の話。
「昔々のこと––––––」
佐奈は嬉しそうに語りだす。
佐奈がなぜそこまで、この地の主に拘るのか、私は知らない。知りたいとも思わない。
そんなものがいるのか、私は信じていない。
神様がいるのなら、
助けてくれたっていいのに。
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