閻魔の沙汰 3

 昔々のお話。

 ここの村に一柱の神さまがいた。

 神さまはとても強かった。

 神さまはあまり人間に優しくなかった。

 いい人間には優しかった。礼儀正しい人間には、場をわきまえている人間には、優しかった。

 でも神さまがこの土地に恵みを与えていると、肌を耕さない人間、田を植えない人間が出てきた。

 神さまがいるから、と、思ったのだ。

 神さまは何もしなかった。

 いつものように恵みを、いつものように与えた。

 その年、雨は降らなかった。


 神さまは怒ってしまったのだ。


 そう村人達は考えた。

 そして、村の中で一番貧しい、病気持ちの女の子を生贄に差し出した。

 どうせいても、仕事ができないから。

 何もならないから。


 神さまは怒らなくなった。


 おしまい





 忌み子鬼の子。

 鬼さんこちら、手のなる方へ。

 随分と懐かしい夢を見た。

「ねえ佐奈」

「なあに?」

 今と全く変わらない、若々しい見た目をしている。

 いや、違うか。

 髪はいまよりももっとさらさらしているし、肌の色もみずみずしい。

 でもそれ以外、何も変わっていない。

 私は佐奈にいう。

「佐奈は、見たことある?」

「何を?」

 私は佐奈の膝の上に座って、佐奈に話している。

「お外のお庭、見たことある?」

「あるよ」

「あのねえ、わたしも見たよ」

「え?」

 私はにこにこと笑いながら、佐奈に言った。

「お外に男の人がいたの。このお部屋は危ないから出ておいでと言ったの。わたし、佐奈が来るからいけないと言ったの。ねえ佐奈、お外は寒い?」

 わたしはにこにこわらう。

「ねえ佐奈、お外は雪でしょ?」

 わたしはにこにこわらう。

「あのねえ、わたしお外にはでなかったよ。でもねえ、お外にでたのよう」

 わたしはにこにこわらう。

「とっても綺麗だったー!」


 衝撃。


 わたしの体は宙に浮いた。

 そしてぐしゃり、と、右肩から畳に落ちる。

 頬には染みる衝撃の痕跡。

 頬、じゃない。

 頭全体だ。

「馬鹿な事を言わないで!」

 痛い。

「う、うわあああん!」

「煩い! 喚かないでよ! この––––––」

 その時の彼女の顔を、声色を、瞳を、わたしは覚えている。私は覚え続けている。

《わたし》から《私》まで、覚え続けている。


「化け物!」


 彼女は、恐れでもなんでもない、ひとえに純粋な嫌悪の表情で、そう言った。

 そこでわたしは気がついた。


 この女は、––––––佐奈じゃない。


 佐奈の姿の、偽物だと。


 この佐奈は、佐奈じゃない。

 佐奈の役目を全うしようとする、なのだと。

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