愛
切ってしまいたい縁がある。
それはとても果敢ないものだ。
それでも切れないものだから、私は私以外の人の手を借りることにした。
卑怯なやり方だと私は思う。
でも、仕方ない。
私にはそれしか残されていないんだ。
「……………」
俗にいう、暮れ六つ刻。
夕方、逢魔時。
御坊の後ろをひたりひたりと、尾いてくる誰かがいた。
御坊が止まると影も止まる。御坊が歩くと影も歩く。一定の距離を保って、ひたりひたり、気配が蠢いた。
さて、どうしましょうかねえ。御坊はゆるゆると首を振って、溜息をつく。
目的もわからない、ただ後ろをついてくる。
しかし影は奇妙だった––––––何が奇妙かといえば、影には気配がある事である。
御坊も偶に、あまり好ましくない輩に尾けられる事がある。だがそういう輩は大抵気配を押し殺し、殺気と言う名の縁をばら撒いているものだ。
その影からはそういったものは一切感じ取れなかった––––––それがかえって、御坊には不可解だった。
なんであれ御坊が見えると言うことは、《そういう》事だ。
何かの縁に絡まれたか。
解くには時間が掛かりそうで、それは御坊にとって至極面倒極まりないものなのである。
果てさて。
御坊は曲がり角を左折し、そこで止まって影をまちぶせる。
どのようなものであれ、なんであれ。
御坊の生き様を邪魔する者は、排除するしかない––––––
「––––––おや」
御坊と同じように左折して、御坊と鉢合わせた影は目を大きく見開いた。
薄い茶髪に金のメッシュが入った髪。カラーコンタクトを入れて、髪と同じ色にした虹彩。首には制服の下に隠して細いネックレスをかけている。
ブレザーを着た、高校生だった。
「これは、参りました」
御坊はじゃり、と、右足をアスファルトに滑らせた。
嗚咽は飲み込んだ。逃げたくなるのを堪えた。
目の前にいるのは人間じゃない。本能が俺に訴える。駄目だ、関わるとろくなことにならない。逃げろ、逃げろ。
それはまさしく正しかった。
教科書でしか見たことないけど、坊主の格好をしてる。真っ黒の和服。名前なんて知らない。ふわふわしてるレースみたいな袖。
その瞳には光を一切宿していなかった。
まるで死体みたいな、感情を悟らせない、漆黒。
闇を詰めた黒。
青白いと感じる、病人みたいな肌の色。
恐ろしい。
恐怖。
そうだ、これは恐怖だ。
坊主は口の端をあげる。その表情が「笑っている」のだと気がつくまで、時間がかかった。
「にげないんですか?」
そうだ。
これは今までに一度も味わったことのない恐怖。
逃げないといけない。
逃げないと––––––
––––––駄目だ
決めたんだから
「………ざっけんな」
俺は坊主の胸倉を掴んだ。
俺はあいつを、
佐奈を。
「連れ戻すって決めたんだよ!」
彼は、曇り一つない目をしていた。
御坊は察した。
この少年は、
貸本屋を凌駕し得る存在であることを。
きっと、貸本屋もそれを望んでいる事だろう。
御坊は少年の腕を振り払う。あっけなく少年の腕は御坊を離した。
「君、ついておいで」
御坊の言葉に、少年は眉をひそめる。疑うのも無理はない。
あゝ愉快、愉快愉快。
「彼女の場所に、案内してあげよう」
あざいと 了
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