第13話 勝負の行方 6ー7日目
商店街近くの列車格納庫。
スターダストエクスプレスを線路へと着陸させた。白く巨大な機体が星屑を散らしながら走る姿は、夜空にあっても目立ちすぎる。
シリウスは車掌室に偽装用の偽の目的地を記した地図と、ミスリードさせるように細工を施した。
「これで、少しは時間が稼げるはずだ」
「この汽車目立つもんな。……しかし、コイツには助けてもらってばっかりだな、シリウス」
「うん……そうだね。ありがとう、助けてくれて」
シリウスが話し掛けたのは、肩に乗って窮地を救ってくれたおもちゃの兵隊だ。車掌室の中に兵隊を残して三人は車窓から外に出る。
「ごめんね……辛い役目を任せて。頼んだよ」
遠くで車が荒々しく止まる音が聞こえた。大声を上げる人の気配が近づいてくる。恐らく、後を追ってきたエストワール社の追っ手だろう。
おもちゃの兵隊が車掌室に内側から鍵をかける。
外から音がすれば、おもちゃの兵隊がシリウスの声音を再生して動く仕掛けだ。
きっと扉が破られれば、彼は壊されてしまう。
それでも、おもちゃの兵隊は幸せそうな笑顔を浮かべて
「……」
ステラはあれから黙ったままだった。
それでも自発的的にオリオン達についてくる所を見ると、少しは心境の変化があったらしい。
「なぁ、ベル聞こえるか?」
「何だい少年?」
闇に溶け込む黒猫の体がくるりと翻る。夜空に金色の瞳が浮かび、オリオンの問いかけに答える。
「俺はあと
「君が望むまで……そう答えてあげたいけれど、その質問に私は答えられない。物語の『設定』が私にそれを許さないんだ。すまない、少年」
「……そっか」
つまり、時間はあまり残されていない。
7日。それがオリオンの与えられた本来の寿命。前を走るシリウスとステラの背中に憂いを込めた視線を送る。
「――――覚悟を決めろオリオン。俺が望み、成すべき人生に物語を紡ぐために……」
掌を胸に当てた。瞼を閉じれば契約の言葉がピンク色の炎を燃やす。オリオンの心臓は、覚悟に呼応するように強く脈打った。
☆ミ☆ミ☆ミ
山頂へ続く石階段は、以前訪れたように発炎石が等間隔で置かれていて、頂上までの道のり淡くを照らしていた。
昼よりもマシだがまとわりつくような湿気に、三人は額に汗を滲ませながら階段を登っていく。
「……私に、何を見せたいの?」
ずっと黙っていたステラが口を開く。
彼女の顔は相変わらず無表情を取り繕う。だが、エメラルド色の瞳は、何かに怯えているようだった。自分をこの場所に連れてきた理由を二人に尋ねる。
「正直、この先で誓った約束は今の私には辛い『過去』でしかない。私の罪を思い出さずにはいられないから。……本当は、シリウスとももう会わないつもりだった」
「ステラ……」
ポツリ、ポツリと彼女は語り出す。
抑揚の無いステラの声に、シリウスは切なそうに彼女の名前を呟く。
「オリオンがいなくなった『あの日』。私は自分が許せなくなった。自分を責めた。……みんなで誓った約束を、私が破ろうとしたから。だから、オリオンを失ったんだって……後悔した」
「ステラが……約束を破ろうとした?」
「えぇ。私は……この街を去ることをクリスマスの日にオリオン達に伝えるつもりだった。別れを告げるために、私はあの日二人を待っていた」
「……別れ、ね」
ステラは懺悔をする。
消え入りそうな声が夜の闇に響く。
「父さんの仕事で、私達家族は海外に行く事が決まっていた。帰ってくるのは何年先か分からない。嫌だった。二人がいない日常なんて考えられなかった」
小さな声は震えていた。
ステラは二人の顔を直視出来ずに、視線は地面を泳ぐ。
「それでも、家族が離れ離れになることを父さんは許さなかった。私達家族が父さんの一番大切な物だから。一緒に行くしか私には選択肢が無かったの。その事を伝えようと待っていたら、オリオンが……」
「死んだって訳か」
言葉にする事をためらっていた単語を、オリオンが口にして、ステラは肩をビクッと跳ねさせる。沈痛な表情で唇を噛み締めた。
「私は事もあろうか、死んでしまったオリオンに罵倒を浴びせてしまった。誰かのせいにして、辛すぎる現実を拒絶したかったの。だから、私は正気でいることを放棄した」
「……」
「こんな私へと差しのべられるシリウスの手を取るのが怖かった。また、失ってしまう恐怖を考えたら、一緒になんていられなかった」
「そりゃ、ステラが悪い」
「……えっ」
思い悩んだ末に、告白したステラへ掛けられるのは慰めの言葉ではない。彼女の言葉を肯定する残酷な言葉。
「そう、よね。許される訳が無い……よね」
「ステラは馬鹿だ。最低だ。許されない事をした」
ステラの瞳に涙が溜まる。
その言葉に激昂して反応するのはシリウスだ。胸ぐらを掴み、オリオンを睨み付ける。
「――――オリオンっ!」
「……離せよシリウス。話は終わっていない。誰も傷付かない物語じゃ駄目なんだ。俺達を騙していなくなろうとしたステラが悪い」
「……」
シリウスは更に掴んだ手の力を強めようとした。
だが、赤い瞳が何かを訴えているのを感じ取り手を離した。
「嫌だ。……大切な人を失う悲しみなんかもう知りたくないの。だから、どうでもいい人と結ばれようとした。だから、意味の分からないままオリオンに暴力を振るった。だって……だって!」
「……聞けステラ」
「――――感情を抱かなければ苦しむ事は無いから。約束をしなければ破られることはないから。罪悪感を新たに持たなくていいから。だから心を殺したのっ!嫌なの……もう、嫌なの」
「ステラぁ!聞けって言ってんだよ!?」
叱りつけらるような大きな声は、彼女を萎縮させる。許しをこうような瞳で怯える姿は子供のようで、小さく震えていた。
「お前は悪いよ。だけど、約束は破ってねぇ。俺が責めているのは、俺達二人に早く話してくれなかった事だ」
「……オリ、オン?」
「だって、お前は戻って来ただろ?最初に約束を破ったのは俺。悪いのも俺。だからステラは約束を破っていない。でも、シリウスから離れようとしたステラは馬鹿だ。オーケー?」
「何を……言っているの?」
全然オーケーじゃない。
オリオンは悪いのは自分で、ステラが約束を破ったら事は責めてなくて、それでも悪いと……ステラの頭は混乱していた。
乱暴な言葉は、優しい声音と眼差しで形作られていた。
そして、同じような声音でシリウスが笑ってオリオンに賛同する。
「そっか。そうだね約束を最初に破ったオリオンが一番悪い。そしてステラも悪いや。僕も、オリオンに僕も一票だ。ふふふ、悪いけど、悪くない」
朗らかに笑うシリウスの声が夜の山に優しく木霊する。
「――――そんなの、屁理屈」
オリオンが石階段の上段。ステラが下段。いつかと逆の立ち位置。オリオンはシリウスにだけ分かるように目配らせをする。
「ステラっ!いくぞ!」
「じゃーんけーん」
唐突に開始された勝負の掛け声。
「……えっ、ちょ、待って、待ちなさいっ」
話を途中で打ち切られ、奇襲のような『じゃんけん』に慌てるステラ。勝つならば今しかない。ステラは弱っている。時間も、機会ももう無いから。
――――最後に勝たせてもらうぞ、ステラ。
「「「ぽん」」」
場に出揃ったのはグーと、チョキと、チョキ。
「……勝っ、た?」
自分のグーを見て、そう呟いたステラ。
「いや、俺の勝ちだステラ」
「そうだね。僕達の勝ちだよ、ステラ」
負けたはずの二人がステラに、チョキを見せつける。
「何を……だって、私はグーを……」
唖然とするステラに、オリオンはチョキの二本指を彼女の鼻の穴へ突っ込む。
「なぁ!ふ、がっ!――――何すんのよっ!馬鹿オリオンっ!」
握りしめたグーは固く握り締められ、フルスイングのパンチはオリオンの鼻先を的確に捉えた。
「ぶ、はっ……ナイスパンチじゃねぇか、ステラ。痛ってえ~。見ろ。俺のチョキは、お前の無表情なんていとも簡単に崩して見せたぜ」
「……あっ」
「僕達のチョキは君の心のカーテンを切り裂いてみせる。だから、閉じ籠っていないでまた笑顔を見せて、ステラ」
「まぁ、やられたって顔している時点で俺達の勝ちだな。シリウス」
「あぁ、オリオンそうだね。ステラの理不尽に、僕達の屁理屈が勝利みたいだ」
二人は無邪気に、そして嬉しそうに笑った。相手が敗けを認めていないのに、勝利のブイサインを見せつける。
プルプルとステラの体が震えだす。
「やべっ、やり過ぎたか!?」
「だとしたら、オリオンのせいだぞ!?」
「――――ぷっ」
「「ぷ?」」
その目から大粒の涙を流しながら、ステラは笑った。
「ふふふっ、あはははははっ、止めて、もう、可笑しい。ははっ。最高ね。ふふっ、まさかこの私が二人に負けるなんて。そんな日は、もう来ないと思っていた。何よ……二人とも、オリオンとシリウスのくせに生意気よ……」
明るい笑顔。黄色い髪が柔らかく揺れる。
それは、二人が待ち望んだステラの笑顔。タンポポのように可愛く、昔のステラと同じ笑顔が目の前で咲いた。
「……ありがとう、二人とも」
シリウスはステラに近づく。
彼女の肩に手を置くと、声を上げて泣き崩れた。
「何よ。ここは普通、逆じゃないの……ここは私が泣く所だと思うんだけど?」
「そうだね……ごめん……ごべんね、ステラぢゃん……やっと、やっと戻れた。嬉しい。嬉しいんだ……」
オリオンは優しく微笑んでふたりを見詰めていた。
心が満たされる。やっと、三人が揃った。
「ステラっ、ほらよ。シリウス、お前も早く」
「わっ!わ。……何これ?ちゃんと渡しなさいよ。って、シリウスまで?」
「5年前に渡せなかった、俺達からのクリスマスプレゼントだ」
オリオンの言葉にシリウスが相づちを打つ。二人は笑顔を浮かべてステラが箱を開けるのを待っていた。赤と青、二つの箱をそっと開けていく。
「……イヤリング?」
「凄ぇ悩んだんだぜ。俺達だと思って大切にしてくれよ」
オリオンはやっと渡せたプレゼントを見詰めて、懐かしむような表情を作る。
そしてステラの驚く顔も、その顔に満足そうに笑うシリウスも、全部焼き付けようと二人の姿を瞳に映した。
「ありがとう二人とも。ねぇ……オリオン?……もう、どこにもいかないわよね?私……もしももう一度あなたを失ったら、きっと耐えることができない……」
ステラの問い掛けに、オリオンは満面の笑みを作って見せる。
「馬鹿言ってんなよ?ほら、二人とも行こうぜ」
もうそこまで迫る『星眺めの大岩』。
間もなく日付が変わろうとしていた。
物語の終焉が近づく。二人に背を向けたオリオンは決意を決めた瞳で『星眺めの大岩』を見詰めていた。
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