第2話 渡せなかったクリスマスプレゼント
それは、雪が降るクリスマスの夕刻の事だった。
結晶の形をした小さな雪が空を舞う。
ミルキーウェイの商店街から流れるジングルベル。音楽に合わせて、雪はダンスを踊り、街に白い薄化粧を施していく。
寒空の下、サンタ姿の店員がケーキ屋の前で客を呼び込む。商店街には恋人や親子が笑顔を浮かべて往き来していた。
「うぅ、寒いな」
明るい喧騒の行き交う商店街。
オリオンはポケットの中にある赤い小箱を握りしめて、ステラの家を目指していた。
背にピエロが刺繍されている、真っ赤なスタジャンを着たオリオン。赤い生地に黄色の星柄が編み込まれたマフラーに顔を半分埋めながら、人と人の間を縫うように進んで行く。
「やべっ、少し急ぐか」
少年は時計を見て歩調を速めた。
今日は毎年恒例のクリスマスパーティーだ。約束の時間に遅れたら、ステラに何を言われるか分かったもんじゃない。
首に巻かれた手編みのマフラーは、今年のステラからのクリスマスプレゼントだ。
同じようにシリウスにも色違いの水色のマフラーが贈られている。
今年のステラヘのクリスマスプレゼント選びは難航した。
今までぬいぐるみや人形など贈っていたのだが、ステラからは「イマイチね!」と毎年酷評を頂戴している。
今年で16歳になるステラに、もう人形等は幼すぎるだろうとシリウスと相談して、
今までステラ以外の女の子に気を使ってこなかった二人。
だから、女の子のお洒落なんて分かるハズもなく、女性ファション雑誌を購入して男二人で研究した。
最初のページに、特集を組んで掲載されていたアクセサリーブランド『5℃』。
可愛いデザインで、最近人気がある評判のブランドだ。近くのショッピングモールにも出店している事を知って二人は喜んだ。
……これで、勝利は間違いない、と。
だが、二人は宝石店『5℃』を甘く見ていた。
初めて入る宝石店に緊張しているのに、店内を散策していると頼んでも無いのに登場する
喋る隙さえ与えてくれない強烈なセールストーク。専門用語のオンパレード。お洒落レベルの低い二人には呪文にしか聞こえない。
落ち着いてプレゼント選びなど出来るハズもなかった。
しかも、
「一、十、百、千……万だぁ!?」
「86,000ゼニーだねぇ……」
とても自分たちの小遣いで手が届くような
そして、
選べず、買えず、疲れた、の三拍子で敗戦ムードのままシリウスと店を後にした。
「「はぁ~」」
漏らした二人の溜め息が重なった。
意気消沈して、ショッピングモールの広場で休憩を取っていると、ぼんやりと眺めた視線の先に朝には見かけなかった露天が目に留まる。
木製の屋台のような露天には、遠目だが雑多なアクセサリーが所狭しと陳列されているのが分かった。
重い腰を持ち上げてダメ元で二人は露天へと足を向ける。
「らっしゃい、勝手に見てってや」
日に焼けた女店主は、店先に訪れたオリオン達に短く言葉をかけるだけで、座ったまま手元の銀加工の作業へ意識を戻す。
女店主は、一瞥した後は二人に目もくれない。
手元で少しずつ銀塊が姿を変えていく様は、魔法を使っていないのに魔法のようでオリオン達は感嘆を漏らす。
何よりも、絡んでこない女店主の態度が今は逆にありがたい。
おそらく全て手作りの商品は、さっき見たブランド物のアクセサリーより形は少し歪な所もあるが、体温のような優しい温もりを感じさせた。
その中で、オリオンは隅っこに置かれたイヤリングに目を
端にあるからといって謙虚な訳ではなく、堂々と自分の存在を誇らしげに主張してくるそのイヤリングから一目で瞳を逸らせなくなり、思わず笑ってしまう。
――――誰かさんにそっくりだ。
どこにあっても自分を誇り、輝きを主張してくるその姿がステラと重なった。
左右それぞれに、色が違う赤と水色の
赤と水色の宝石は自分たちのようで、なにより、それを嵌め込んだ流れ星はステラのイメージにしっくりくる。
値段も……ちょうどいい。
「シリウス」
「オリオン」
見つけたイヤリングの事を伝えようとすると、二人がお互いの名前を呼ぶ声が重なった。
顔を上げて視線が重なった瞬間、二人はイヤリングを受け取った時のステラの顔をありありと想像して――――今度こそ勝利を確信してニヤリと笑い合う。
そうして、プレゼントは決まった。
「今年の勝ちはもらうぜ、
手にした赤いベルベット地の小箱に呟く。
女店主が気を効かせて、オリオンに赤色とシリウスに青色のそれぞれ色の違う小箱をサービスしてくれた。
ステラからのプレゼントは、一週間前に手渡されている。
いつもは先走って渡す事など無かったのに。
『今年のクリスマスプレゼント、期待せずに待ってるから。あと……二人に伝えたいこともあるの。多分、すごく驚くと思うけど』
含みのある言い方だった。視線を逸らして言いづらそうに語るステラは、いつもの彼女らしくない。何を隠しているのか聞いてみたが、「クリスマスに話すから」と、絶対に教えてくれなかった。
なんだか、元気の無いステラの笑顔が印象に残っている。
「ったく、隠し事なんてしやがって。何を伝えたいか知らねぇが、俺達のプレゼントでサプライズして元気になってもらうからな……あっ、危ねぇ!」
その時、オリオンは道路へ飛び出した黒猫を目撃する。
先程から勢いを増し始めた雪のせいで、黒猫の発見が遅れたトラックの運転手は急いでハンドルを切るが、アイスバーンにタイヤを取られて軌道は変わらない。
少年と黒猫の距離は約10メートル。さほど離れていないが勢いが衰えないトラック。
――――このままじゃ間に合わない。
そう思った瞬間、気付けばオリオンの体は動いていた。
駆け出した少年は、自分の魔法の射程範囲にまで近づくと使える浮遊魔法を黒猫にかけて宙に浮かせる。
そして、飛び込むように黒猫を押し出した。
摩擦を失った空中で押し出された黒猫は、押し出されたままに風船のように空を浮かんで少年から離れていく。
視界の端にトラックの車体が映り込むが、黒猫はどうやら軌道上から外れてこのままいけば助かるだろう。
少年の握りしめていた赤い小箱が空に舞う。
――――あぁ、良かった。
そう、心の中で呟いたのを最後に少年の意識はそこで途絶えた。
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