第11話 結婚式前日 5日目

 ――――カタカタカタ


 せわしくタイプを叩く音が聞こえる。

 痛む体を起こすと、シリウスが作業している姿が目に入った。


「ん?起きたかい、オリオン?まだ無理をしない方がいい」


 オリオンが目覚めた事に気付くと、鞄から取り出したお茶のボトルをオリオンへ放り投げた。


「大丈夫かい?」


 心配するシリウスの声を聞きながら、渡された生温いお茶を一気に喉へ流し込む。

 まだ冴えない思考で記憶を手繰っていくと、オリオンは意識を失った経緯を思い出した。


「俺は……ステラに気を失わされた。あ、れ……!?今、何時だシリウス!?俺はどれくらい気を失っていたんだ!?」


 残された貴重な時間を浪費してしまった。

 ただでさえ厳しいスケジュールなのに、昨日成すべき事を何一つとしてこなしていない。オリオンは焦る。


「オリオンは丸一日寝てた。ここはエストワールタワーの研究室だ。安心して。日が変わってまだ朝方だよ」


 何が安心してだ。自分の間抜けぶりにオリオンは舌打ちした。カーテンを閉め切った部屋の外から、鳥のさえずる声が聞こえる。


「チッ、時間が無いって言うのに俺は……!」


「僕がベラさんと話をしておいた。計画に支障は無いよ。それに逃走経路も確認した。昨日やる予定だった事は終わっている。後は今作業しているおもちゃ達が完成すれば明日の決行に間に合うはずだ」


「……は?嘘、だろ。だって、お前の分の作業も合わせたら一人でこなせる量じゃなかったハズだ。シリウス……まさかお前、寝ていないのか?」


「あぁ、気持ちが昂って眠くならないんだ。ふふ、なんか僕らしくないだろう?」


 今日はいつになく饒舌で、シリウスの口調は優しかった。

 浮かべた朗らかな笑顔は、まるで昔の少年だった頃のシリウスのようで。


「……礼を言わせて欲しい。ありがとう、オリオン」


 シリウスの思いがけない言葉にオリオンは驚く。


 小刻みに打たれるタイプの音が続く。くまの出来た目はモニターに向けられ、作業を続けたままオリオンへ語りかける。


「……礼?」


「君はステラに僕の事を訴え続けてくれた。何度傷付いても立ち上がって、意識を失うまで。だから、ありがとう」


「シリウス……」


「正直、まだオリオンを恨む気持ちはある。……だけど、オリオン、君を信じる事にした。理由なんて教えてもらわなくても、僕たちは親友だった。それを今更君の行動で気付かされたんだ。馬鹿だな、僕は」


 苦笑いを浮かべながらシリウスは青い髪を揺らす。

 そして、作業を中断すると青い瞳をオリオンへと向けた。


「本気で、ステラと僕のためにオリオンは行動している。それだけで充分だ。意固地になって三人が揃った機会に全力を尽くさないなんて愚かな選択だ」


 シリウスは手を差し伸べる。『もんぶらん』で握り返される事の無かった手。思わず、シリウスの顔と手を交互に見てしまう。


「だから、僕に力を貸してよオリオン。もう、僕は諦めない」


 胸が熱くなって、涙が滲む。


「泣くなよ、オリオン」


「泣いてねぇ」


「泣いてるよ」


 そう言ったシリウスの瞳にも涙が浮かんでいた。

 二人は薄暗い部屋で握手を交わす。握り締めた手は体温以上に熱く感じた。


「僕はステラを取り戻す。僕が腐っていたのは事実だ。だけど、自分の『夢』だった魔法のおもちゃ作りに手を抜いてきた事はない」


 目の前に並ぶ、可愛らしいぬいぐるみやブリキの兵隊。丁寧に作られたおもちゃ達は皆、誇らしげに笑顔を浮かべていた。


「……まさか、こんな事に使うはめになるとは思わなかったけどね。これがオリオンの知らない、僕の5年間の集大成だ」


 控えめの性格だったシリウスが、自信に満ちた表情で目の前に並んだおもちゃ達に手をかざす。

 数えただけでも30体以上。そのどれもにシリウスの想いが詰め込まれている。


「……凄ぇ。どれだけ作ったんだよ」


「ステラを誘拐して、彼女を取り戻してみせる。そして、僕達はあの光景をもう一度三人で見るんだ」


 シリウスが手に持ったおもちゃを大切そうに見詰める。

 今手にしているのは、今回の計画以前からシリウスがステラのために開発に取り組んでいた特別なおもちゃだ。


 鍵の形をした『記憶映画館メモリーシアター』とシリウスが名付けたおもちゃは、心に強く残る映像を読み取って本人に見せる事ができる。

 これがステラの心を取り戻す鍵だ。


「……そうだな。できたら……幸せだろうな……。その前に我らがお姫様ステラを負かせて目を覚まさせなきゃならない」


 お姫様と称しながら、倒すべき相手はいつだってステラだ。

 シリウスが頷く。


 一度として勝てた事の無い相手。


「俺はステラが好きだ」


「僕もだよ」


「散々、優しい理不尽に振り回されたな」


「ステラちゃんの理不尽、嫌いじゃないでしょ?」


 フッ、と二人で笑みを浮かべる。


「俺達の姫様をぶっとばしてやろうぜ、親友」


「僕達の姫を救いに行こう、相棒」


 おもちゃ達に囲まれて、二人は拳を合わせる。

 黄色い髪の少女に笑顔を取り戻すために。


 ステラの結婚式は明日。

 少年達の運命の日が迫る。




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