第10話 黄色い髪の少女はもういない 4日目

 明後日に迫ったステラの結婚式。

 時刻は早朝。ベラとの打ち合わせをするために、開店前の『もんぶらん』へとオリオン達は足を運んでいた。


 二人の間に会話は無く、気不味い空気が流れる。

 重い雰囲気に嫌気がさして話を振るが、シリウスは最低限の回答をするのみで会話はすぐに終了してしまう。


「あれ、……店から人が?」


 カラン、コロン、と店の扉が開く。ドアに取り付けられたベルが、まだ人もまばらな通りに清涼な音を響かせる。


 中から出てきたのは、ベラと背の高い白いスーツ姿の男だ。金髪の髪を掻きあげると、身なりのいい優男はキザったらしい笑顔と馴れ馴れしい態度でベラに語りかける。

 彼女は引きつった営業スマイルを浮かべていたが、それでも我慢強く丁寧な応対をしていた。


「それではミスベラ、よろしく」


「了承しました、プロキオンさん」


 シリウスが足を止める。

 数秒後、彼が足を止めた理由をオリオンも理解した。


 ベラの影に隠れていた女性が姿を現す。

 タンポポのように鮮やかな優しい黄色い長髪が、純白のワンピースの裾とともに柔らかくなびく。


「――――ステラ」


 少し痩せただろうか。

 整った顔立ちには、うっすらと化粧が施されていた。赤い口紅の塗られた唇が、人形のような冷たい印象の表情を一層際立たせる。


 心臓が早鐘を打ち、立ち止まったオリオンの赤い双眸が揺れ動く。


「さぁ、ステラさん。こんな所で時間を費やすのは……ああ、いや、悪気は無いんです。他にも挨拶回りで出向くところがあるもので、つい」


 プロキオンと呼ばれた男の言葉に、ベラの額に青筋が浮かぶ。笑ってはいるが相当頭にきているに違いない。だが、今はステラから意識を逸らす事が出来なかった。


 ――――彼女は心を殺した。


 シリウスの言葉が頭の中で反響する。

 以前のように太陽のように明るい笑顔も、理不尽だけど優しい瞳も、人形みたいに黙ってうつむく今の彼女からは感じられない。


「ステラ……あんたどうしちまったんだい?」


「……別に。私はどうもしていません」


「だって、これじゃシリウスがあんまりにも……」


 シリウスの名前が出て、ステラの瞳が僅かに揺らいだ。だが、ベラは彼女の微細な変化に気付かない。

 すぐに変化は消えて、ベラの言葉をステラが遮る。


「……余計なお世話です」


 抑揚の無い冷淡な声は、それ以上の干渉を拒絶する。


「……残念だよ」


 ステラは何も答えない。

 破天荒な性格でシリウスを振り回していたステラ。ベラを慕っていた可愛い妹分はどこにもいない。


 余所行きの完璧な笑顔がステラの顔に作られる。


「ケーキお願いします。……サヨウナラ」


 悲しくなるほど空虚で、冷たい偽物の笑顔。切なくてベラは胸が痛んだ。

 この笑顔の中にベラの知っているステラはいない。


「――――ステラぁあああああああ!」


 商店街に響き渡るオリオンの声に、通行人が一斉に振り返る。

 ステラは歩みを止め、伏せていた顔をゆっくりと起こす。エメラルドの瞳がオリオンを視界に捉えた。


「……!?」


 聞こえるはずのない声を聞き、いるはずのない少年の姿にステラは目を見開く。

 有り得るハズのない邂逅がステラの心を揺らす。動機は激しくなり、呼吸が乱れていく。

 対峙した二人の瞳が交差する。


「どうして……?」


 ステラは震える声でオリオンへと問い掛ける。


 彼女は、瞳を閉じると誰にも聞こえないほどの声で何かを呟いた。そして、深く呼吸を吐き出すと、また元の人形のような無感情の仮面を被り直す。

 だが、今の反応だけで充分だった。


 ――――ステラもオリオンの事を覚えている。


「どうして?は、こっちの台詞だ!シリウスがどんな気持ちでいたと思って……!?」


「……知らないわ」


「知らねぇ、じゃねぇよ!誓ったんじゃねぇのかよ!ずっと一緒にいるって!誓ったよな!?俺が死んだからって全て投げ出してるんじゃねぇよ!この馬鹿っ!」


「……馬鹿?」


 罵倒の言葉にピクリと反応するステラ。長年の付き合いだ。ずっと好きだったんだ。他人が見逃すような反応もオリオンは見逃さない。更に畳みかける。


「あぁ!お前は、おおば――――がっ!」


 突然、オリオンの眉間を衝撃が襲った。

 鈍器で殴られたような痛みとともにオリオンは倒れる。


 ステラの手に握られているのは、おもちゃの銃。それは本来、子供が微弱な魔力を増やす空気銃のハズ。だが、どう見ても凶悪な出力は改造を施された護身用の銃だ。


「――――いきなりかよ!?ぐ、全然、痛くねぇ……な!」


 涙目で強がるオリオンはすぐに立ち上がる。


「ステラさん、この無礼な少年は一体?それと……いきなりトイガンを問答無用で打ち放つのは世間的にちょっと……」


「……プロキオンさん。ちょっとだけ時間を貰えますか?」


 婚約者であろう男に、ステラは冷たい笑顔を向ける。


「あ、あぁ……分かった」


 プロキオンは押し黙り、後退る。

 それ以上食い下がらずステラから距離を取った。


「……何でここにいるの?」


「ステラ、お前がそんなだからだよ。この、馬鹿!シリウスも、お前も、なんでみんなバラバラになっちまうんだよ!二人とも馬鹿だ、大馬鹿野郎だ!」


「回答になっていないわ」


 トイガンの銃口が閃光を放つ。慌てて避けた弾が、隣の店の鉄でできた看板を凹ませる。


「――――どんだけ凶悪なおもちゃなんだよっ!?」


 オリオンの背に冷たい汗が伝う。おもちゃと呼ぶには凶悪過ぎる凶器トイガン

 鉄を凹ませるほどの弾を容赦なくステラは発射する。


「シリウスがどれだけ傷ついたと思ってるんだ!?俺だって、お前がそんなんじゃ安心して死んでられねぇよ。なぁ、ステラ……俺達は約束したよな?」


「……うるさい」


 躊躇の無い銃撃が今度こそオリオンを捉える。


「がっ、は、はぁ、ハァ、シリウスは決めたぞ。お前を取り戻すって。狂ったふりして嫌な事から目を背けるな。耳を塞ぐなよ!お前の大切な人間の心も、声も遮ってるじゃねぇか!んなの、ステラらしくねぇぞ」


「……黙りなさい。黙ってよ」


 二度、三度と容赦なく引き金を引くステラ。だが、オリオンは叫ぶ事をやめない。

 その度に射撃は繰り返される。

 銃撃を受ける度に体を躍らせるオリオンにステラが近づいて行く。


「俺はステラが好きだった!シリウスはずっと……ずっと、ステラをっ!」


 無表情だったステラの顔が歪む。


「オリオンは騒がし過ぎる……もう……止めて。もう、失うのは嫌なの」


「――――っ!」


 ついに至近に迫ったステラ。オリオンにだけ見える角度で彼女は切実な悲愴な表情を見せた。

 言葉が囁かれたの同時に、ステラはオリオン額に押し当てたトイガンの引き金を引いた。


 オリオンはそこで意識を断たれる。地面に後頭部から倒れ込むオリオンを支えたのはシリウスだ。


「ステラちゃん……止めろ!」


「……シリウスも、もう私に構わないで」


 白目を剥いて倒れたオリオンの顔は腫れ上がり、酷いものだ。恨みさえしたオリオンは、最後までシリウスの事をステラに叫び続けていた。


 踵を返してプロキオンの元へ歩き出すステラ。


「……勝負をしよう、ステラちゃ……ステラ」


 シリウスの言葉にステラが足を止める。


「僕達は、君に勝ってみせる」


「あなた達が私に勝てるハズが無い」


 背を向けていたステラがシリウスに振り返る。感情の殺された無表情を取り繕うが、瞳が震えている事に彼女自身も気付いていない。


「勝つよ。君の笑顔を取り戻すために。僕達は負けない」


「……勝手に言ってなさい。私はもう勝負なんてしない」


 ステラは、自分に言い聞かせるように別れの言葉を吐き捨てる。


「さようなら、シリウス。……オリオン」


 赤髪の少年を抱き抱える手に力がこもる。シリウスはステラに言葉を返さない。

 振り返らずに立ち去るステラの背を、青い瞳で見詰め続けていた。


 オリオンの行動とステラの変化を見て、シリウスの心に青い静かな炎が灯される。

 それはまるで、シリウスの名前の由来である青星のように。


「もう、諦めない」


 青い髪の青年は、気絶した友へと語りかけた。






 

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