第12話 結婚式 6日目

 三日月が優しい光で夜空を照らす。


 ステラの結婚式は予定通り開催され、エストワ―ルタワーの敷地には大勢の人々が集う。

 結婚にまつわる古い伝承にのっとって、この街では披露宴を結婚式の前に執り行うのが慣例だった。


「エストワール家と古くから親交のあるケーキ屋『もんぶらん』。ステラお嬢様が姉のように慕う、現店主のベラ=トリックスさんがウェディングケーキを作ってくれました。それでは、どうぞっ!」


 司会進行役の女性が高らかに声を上げる。

 すると、会場に配置されていた人形達が動き出して、隊列を組み始めた。


 隊列を組むぬいぐるみやブリキの兵隊は、お揃いの赤い背高帽と衣装に身を包む。紐でくくりつけられた楽器を人形達が手に取ると、小さな音楽隊が動き出した。


「面白い演出だね、ステラさん」


 可愛らしい人形達のマーチングバンドが奏でる『結婚行進曲』。微笑ましい演出に参列者の頬も思わず緩む。


 壇上の別席に座るプロキオンがステラに微笑みかけた。


 だが、ステラは頷くだけで言葉を返さない。

 物憂げに人形達をただ見詰めるだけだ。


 純白のウェディングドレス姿のステラ。本来花嫁にあるはずの高揚感は無い。皮肉にも着飾った美しさが、より一層、彼女に人形のような冷たい印象を与えていた。


 内心、「つまらない女だ……」とそう思うが、エストワール社の利権を手にするためと自分に言い聞かせて、プロキオンは笑顔のまま音楽隊へと視線を戻す。


「……」


 おもちゃの行進にもステラの心は踊らない。

 頭に思い浮かぶのは、2日前の出来事。


「……今更、何を期待しているの、私は?」


 ボソリと呟いたステラの言葉は、会場の音楽に消えていった。


 会場の中心に満月が浮かぶ。

 式のために作られた疑似満月。


 マーチングバンドの部隊が満月の周りを一周すると、隊列から小さな天使の人形が抜け出して空へと昇る。


 天使の動きに合わせて鼓笛隊のドラムロールが鳴り響き、次第に音は大きくなっていく。

 満月に天使が口付けを交わすと、黄色い球体にヒビが走る。球体が砕けるの同時にシンバルが打ち鳴らされた。


 残響が耳を揺らす中、満月は鮮やかな光を放つ。

 割れた鏡のように、大小のキラキラと輝く光の欠片が夜空を彩った。


「「「おおぉ!」」」


 会場にどよめきと歓声が沸き起こる。

 満月のあった場所に、巨大なウェディングケーキが姿を現した。夏の屋外に雪が舞う。


「この雪……甘い」


 参列者の一人が呟いた。

 空に浮かぶ砂糖菓子の星達が、淡く光るシュガースノウをしんしんとを降らせていく。


「会場の皆さんも驚いているようですね!演出からケーキまで、この素敵な光景を作り出した魔法パティシエにお話しを伺いましょう。皆さん、大きな拍手を」


 拍手喝采の会場から壇上に招かれ、ベラが階段を上がっていく。今日はメイド服ではなく、深緑色のドレスに身を包んでいた。


「ステラ。新郎さんは……えーっとすまないね、名前を覚えるのは苦手なんだ。忘れちまったよ。まぁ、とにかくおめでとう。昔から面倒を見てきた私にとっても妹みたいなもんさ」


 会場はベラのジョークだと思い込み笑いが起こる。プロキオンは不満そうに苦笑いを浮かべていた。


「私は、幼い頃からステラを見てきたが、彼女はよく笑う子だった。おしゃまで生意気で、元気で素敵な少女だったよ。それがこんな大人になるなんて思ってもみなかった」


 幼い頃のステラを知る参列者たちは、懐かしむように柔らかい微笑みを浮かべる。

 純白のウェディングドレスに包まれたステラは、壇上のベラを見詰めるが、その表情に一切の表情の変化は無い。


「――――そう、私はステラがこんな・・・大人に・・・なっちまうなんて・・・・・・・・思わなかったよ!?」


 一見和やかなスピーチ。それは、徐々にどよめきを生んでいく。いくらベラの性格が知れているとは言え無礼が過ぎる。


 ベラがステラへと鋭い眼光を当てる。


「今、ステラは笑っていない。新郎さんあんたにステラを幸せに出来るかい?出来ないね!ステラを笑顔に出来るのかい?無理さ!ステラ、あんたは心を殺して本当に笑えるのかい!?」


 どよめきが会場に起こり、ザワザワと騒ぎへと変わっていく。不穏を察知した警備の者が、慌てて壇上へと駆け上がる。


 ――――ゴゴゴゴゴ


「笑えるはずが無いね!私はお節介だからね。そんなあんたを放っておけないのさ」


「何を言って……?」


 ステラが怪訝な声を呟く。


 会場に地響きに似た音が響く中、ベラはニヤリと笑った。


「――――行きなっ!お前達のお姫さんに笑顔を取り戻せ!ベラさん特性の砂糖の吹雪シュガーブリザードだ!たんと召し上がれ!」


 ベラが指を鳴らすと、ウェディングケーキの周囲を飛んでいた星が弾ける。と、白煙の雲が沸き起こり会場に煙幕を張った。


「――――っ!」


 ――――ポ、ポォオオオオオオオオオ!


 会場から参列者達の叫び声が上がる。

 その時、白煙を押し退けて巨大な質量の何かが空を横切った。視界の全てが白い煙に包まれる中、会場を揺るがす汽笛が響く。


「ステラぁああああ!」


 結婚式会場に白煙が上がり、星屑が舞った。


 阿鼻叫喚の叫び声が喝采する中で、ステラを呼ぶその声だけは、はっきりと聞こえた。


「……オリオン!?」


 その声に、ステラは空を見上げる。


「スターダスト……エクスプレス!?」


 白く大きな機体が煙の中から姿を現す。

 半身を乗り出したのはオリオンでは無かった。水色の髪が風に吹かれて後ろに流れ、ステラへ青い瞳を真っ直ぐぶつける。


「ステラ!僕達と一緒に……来いっ!」


「――――!シリウス……きゃっ!?」


 白いタキシードを来た青い髪の青年が、ステラの返事を待たずに抱き抱える。腰に細い腕は予想以上に力強かったが、まるで荷物のように抱えられステラは車内に放り投げられる。


「――――そこはお姫様抱っこじゃねぇのかよ!?」


 オリオンはハンドルを握ったまま相棒に突っ込む。


「ははは、僕には体力不足だったみたいだ」


 苦笑いを浮かべるシリウス。その横でステラはヒールが片足脱げた状態で頭から床に倒れ込んでいた。


「――――貴様っ!」


 会場をそのまま離れようとしたところ、シリウスの体が後ろへと傾ぐ。笑っていたシリウスの顔に緊張が走った。シリウスの片足に金髪の男がしがみつき、睨み付ける。


「俺の花嫁を返せ!俺があの会社を手に入れるため必要な女だ!」


 男の言葉を聞きシリウスの表情が消える。

 冷たく凍えるような蒼の瞳。


「……君にステラは似合わない。僕が貰っていくよ」


 しかし、憎悪に血走るプロキオンを見て、シリウスは笑い掛ける。向けられた朗らかな笑顔に、相手の顔は更に怒りに歪む。


「ねぇ、君はおもちゃが好きかい?」


「あ?何を言ってる!?好きでも嫌いでもない。……貴様!?一昨日見た赤い髪のガキと一緒にいた男か!?」


「僕はおもちゃが好きだよ。人に笑顔を与えてくれる。やっぱりベラさんの言うとおり、君はいけすかない・・・・・・


 おもちゃの兵隊がシリウスの肩から顔を出す。笑顔を浮かべた人形がプロキオンへ小さな銃口を向けた。


「……や、やめろ」


「君は、僕達の舞台には役不足だ」


 銃口から大きな発砲音が轟く。

 思わず顔の前で腕を交差したプロキオンは唖然とした表情で兵隊を見た。

 銃口から放たれたのは、


「花、たば……?」


 可愛らしい薔薇やガーベラが銃口に咲き乱れていた。

 落ち行く男を、天使の人形が支えてゆっくりと地上へ落下していく。醜い叫び声が響いたが、シリウスは立ち上がりステラに向き直った。


「……何のつもり?それより、正気なの?」


 冷たい声でこの後に及んで無気力を演じるステラ。

 エメラルドの瞳は、喧騒に見合わないほど静かにシリウスを見詰める。


「正気……ではないかもね。でも、言っただろう?勝負をしようって」


「そんな事で……!?」


「あぁ、そんな事でさ。僕は君を諦めない」


「……」


「だって僕達は、ステラの事が……」


 一瞬、シリウスの視線がステラから外され運転席へと向けられる。


「「好きだからさ」」


 運転席から顔を出した赤い髪の少年の声が、シリウスの声に重なる。言葉を失い固まるステラ。目に映る二人は目の前で無邪気に笑って見せた。


 三人を乗せたスターダストエクスプレスは、エストワールタワーを離れて行く。舞台は『星丘シュテルンヒューゲル』に移る。


 白い汽車の先頭車両。その鼻先に座った黒猫は目を細め物憂げな様子で進路を見詰める。

 少年と約束したフィナーレを想い描いて、悲しい表情を浮かべながら。

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