終話 Shootingstar Memorys

 『星眺めの大岩』へ辿り着いた三人。

 ステラへ向き合うシリウス。その様子をオリオンは少し離れた位置から見守っていた。


 360度見渡す限り広がる星空はあの日と変わらない。汗ばんだ肌を、ぬるい風が撫でていく。柔らかい風が夏の草木の香りを鼻へと運ぶ。


「僕はいなくならない。だから――」


 シリウスが穏やかに微笑みかける。

 優しい瞳には、再会した時の迷いはもう無い。


「――だから、ステラ。君とずっと一緒にいたいんだ」


 二人は成長して大人になった。

 なのに、オリオンの死んだ日から二人の時間と心は止まったままだった。


「全く、二人とも本当に世話が焼ける。これじゃあ、おちおち死んでもいられねぇよ。でも、これで……」


 やっと、二人の時間は動き出す。

 オリオンに、もうこれ以上の出番は必要ない。


「ステラが後悔している『約束』をやり直そう」


 シリウスが懐から鍵の形をしたおもちゃを取り出す。ステラは不思議そうに見詰める。


「それは……鍵の、おもちゃ?」


「うん。僕がステラのために作ってきたおもちゃ」


「……私のために?」


 シリウスがステラのために5年の歳月を掛けて開発してきた『記憶映画館メモリーシアター』。心に残る情景を、魔法の力で目の前に再現するおもちゃ。


「そう、ステラのために。これは、思い出を読み取って再生させる魔法の鍵なんだ。……もう一度、あの日の流星群を三人で見よう」


「約束を……やり直せる」


 これを用いればあの日、オリオン達が見た乙女座ユングフラウ流星群シュヌペンシュタットを記憶から再生出来るはずだ。


「――――ぁ……おーいシリウスっ!わりぃ、ちょっとトイレ行きたくなっちまった」


「……本当にこのタイミングで、デリカシーないね。まぁ、オリオンらしい。いいよ、早く行ってきなよ」


「オリオン、私達待ってるから。また、三人で約束をしよう」


「……おぅ」


 きっと、シリウスならステラの心に寄り添える。

 オリオンは後ろに異変のあった右手を隠しながら、『星眺めの大岩』を下りて岩陰に座りこんだ。


「シリウス……ステラを頼んだぞ」


 残念だけど時間が来たみたいだ。


 オリオンの指先から砂時計の粒のように光が流れる。サラサラと流れる淡い黄色い光。説明された訳ではないけれど、それが『流れ星の記憶』の終わりなのだと理解した。


 二人が前に進めるのなら安心して逝ける。

 後は、やっと笑えた二人に悲しい影を残さないように、残された最後の仕事を果たすだけだ。


 体が透け始めていた。命の光は体からはあふれ続ける。

 二人に届かない小さな声で、オリオンは別れを告げた。


「じゃあな……二人とも」

 ――――約束、守れなくてごめんな。


 風に吹かれる砂のように、小さな粒子は更に勢いを増してオリオンの周囲を光で満たしていく。


「時間だよ、少年」


 無情にも黒猫しにがみが『流れ星の記憶』の人生の終わりを告げる。絶妙のタイミングだった。


「お迎え、か」


「――――少年、君は『流れ星の記憶』に何を望み、何を成したんだい?」


 ベルがオリオンに笑いかける。

 最後の時でさえ、黒猫は変わらない嫌味な笑顔をオリオンに見せる。

 もう見慣れたその顔にオリオンは微笑み返した。


 『幸せな結末を迎えられない』。

 それは、分かっていた。

 物語の最後にオリオンは立ち会えない。

 分かっていても寂寥感は訪れる。


「少年、君は成した。物語も、私も満たすほどの物語を。新たに結んだ契約に基づいて、君の親友二人から君の記憶を消す」


「あぁ、頼む。歩きだした二人に俺の『死』はお邪魔虫だからな」


「いくよ、少年」


 オリオンの記憶が残ったまま、再びオリオンがいなくなれば二人の心は再び傷付き、きっと今度こそステラは壊れてしまう。

 だからオリオンは望んだ。


 ――――二人の記憶から消えて無くなることを。


 もう、姿を保っていられない。

 体が消える。


 光る二股の尻の先にピンク色の炎が灯る。ベルはそれを指揮棒のように振ると、文字が空に打ち上がり黄色い光が弾けた。


「これで、終わったよ」


「そっか」


 思っていたよりずっと呆気ない。これでオリオンを覚えている人間はどこにもいなくなった。


「……頑張ったね、少年」


「――――ぁ」


 不意に掛けられた言葉。……駄目だ。

 何で今、そんな優しい声をかけるんだよ。


 唇がわなわな震えて、我慢していた感情が抑えられなくなる。

 瞳から熱い液体が一筋こぼれた。

 星の光を受けながらゆっくりと頬を伝っていく。


「あぁ、幸せだったな……うっく、あぁ、二人が……笑っていれば……俺は、しあ、わせ……だ」


 次々と瞳から熱い涙があふれてくる。

 泣き止もうとしても止められない。


 思い出が次々と走馬灯のように思考を華やかに彩る。心は温かい物で満たされているのに、喪失感が同時にオリオンの心を穿つ。


 三人で過ごした日々。

 もう、覚えているのはオリオンだけ。


 見上げた星空は霞んでしまうけど、大岩の上にいる二人はもうオリオンのために心を痛めなくてもいい。

 だからいい……これで良かったんだ。そうオリオンは自分に言い聞せる。


「物語の『設定』は『流れ星の記憶』を関係者に語れぬ事だ。君は貴重な余生の半日を対価に、友の記憶を消す事を望んだ。自分が最も傷付く結末だと知りながら」


 黒猫はイタズラな笑顔を向ける。

 大岩の上で光が瞬いた。きっと、シリウス達が『記憶映画館メモリーシアター』を使ったのだろう。


 ――――シャラン


 いつか聞いた流れ星の音が聞こえた。

 空に次々と数多の流星群が駆けていく。


「……だから、これは私からのサービスだよ、少年」


 赤い髪の少年に、黒猫はウィンクして見せた。


「物語の契約に抵触しない限り、私は自由だからね。後味だけが悪い物語なんて私の望む物語では無い」


 ベルの尻尾が黄色く光る。

 すると、オリオンの体から漏れた光が集まりだした。集った光は星を形作っていく。星達が集い『星眺めの大岩』の上を踊る。


「これは……星?」


「地上に留まる星なんて聞いた事、ない」


 オリオンの意識も空へと浮かび上がる。

 体は消えて無い。オリオンが死んだ日に体験した魂の状態。ステラとシリウス、二人の姿を見下ろしていた。


「星の中で何かが動いている……?映っているのは、僕達」


「子供の頃の私達……?」


 星の中の映像から二人は目が離せない。

 そこに映るのは懐かしい情景。笑い合う三人。

 懐かしい光景に二人は笑みを浮かべる。


「私とシリウス。でも……この赤い髪の男の子は……誰?」


 ステラの言葉に、オリオンはギュと胸が締め付けられる。

 だけど、いなくなった事に気付かなければステラは傷付くことが無い。

 二人はきっと、これからも笑って幸せな人生を歩めるハズだ。


「ねぇ……シリウス。どうしてだろう……」


 ステラは星に映る映像から目が離せなかった。

 彼女は、優しい笑みを浮かべながら、泣いていた。


「知らない子のハズなのに、赤い髪の男の子を見ていると……懐かしくて、楽しい思い出なのに寂しくて、涙が止まらい。……泣かなければいけない気がするの」


「うん。僕も……同じ気持ちだ」


 シリウスも青い瞳を震わせて涙する。


「何か、大切な物を失った……そんな気がする」


「他の誰でもない私達が涙を流してあげなきゃいけない。でも、この子の笑顔が私達に笑えって語りかけるの」


 ――――あぁ、懐かしいな。……だから、泣かないでくれよ。


「さぁ、フィナーレだ」


 ベルがそう締め括ると、二人の周りに回っていた星達が天へと昇っていく。それは、まるで流れ星のように。


「この星は少年、君の人生だ。君が生きた証だ」


 ベルは流れ星の軌跡を見て言った。そして、視線を落とす。


 空へ昇る流れ星の行方を、手を繋いで見守る黄色い髪の少女と青い髪の青年。その様子を見守りながら黒猫と夜空に昇っていく赤い髪の少年は笑顔を送る。


「君が『流れ星の記憶』を生きて残した物語。最高の物語だった。満足させてもらったよ、少年」


 黒猫はそう言うと、上機嫌に尻尾を揺らして微笑んだ。











 ☆ミ☆ミ☆ミ








 霞がかった白色だけの世界。

 黒猫に誘われ、門をくぐった先の世界。








「二度目の人生はどうだった?少年、君は幸せな結末を迎える事は出来なかった」


「幸せだったぜ。俺は生きたよ。後悔は……無くはないけど、未練はもう無い。だから、謝るなよ」


「……そうかい。また寂しくなる。どうだろうか?少年さえよければ彼らの子供として転生させてあげる事も不可能じゃないのだが?」


「んー、いーや。丁重にお断りさせてもらうよ。あいつらに先に死なれても、死んでも後悔するからな。それに、親友と言えども惚れた相手のイチャラブ見せつけられるなんてまっぴらごめんだ」


「そうかい。ではサヨウナラかな。また、私は一人になってしまうよ。少年と過ごした日々は……楽しかった。短い人生も残酷だが、悠久の猫生もまた酷なものだ。『ぼっち』の私はまた一人で新たな物語を探しにいくよ」


「ん?心外とか言っていたのについに認めたか、ニシシ」


「あぁ、心外だとも。だが、事実だからね……。君の魂は新たな別の人生に進まないといけない。短い間だったが、一緒に時を過ごしたんだ。最後くらい素直にもなるさ」


「……ベルはもう『ぼっち』じゃ無いぜ?人間は全力で全うしたからさ、次は……猫の人生も悪くないかなって。お前といたらそう思ったんだ」


「そうか、それは寂しくなるな……ん?んん?……すまない。今のは私の幻聴だろうか?今、少年は猫の人生も悪くないと……!?」


「あぁ、俺の願いは、あいつらが死んだときにもう一度会うことだ。俺の記憶が無くてもな。だから、ベルと一緒にいたいんだ。駄目か?」


「にゃにゃにゃにを!?そ、そ、そ、それは少年は私の伴侶にな、な、なると!?」


「……鼻息荒い。まだそうは言ってない。ドウドウ、ベル。落ち着け。俺を受け入れてくれるなら、少なくともお前はもう『ぼっち』じゃないって事だ。まずは、友達からお願い出来るか?」


「あぁ、ああ!いいとも。いいさ。勿論だ。いくらでも時間はあるからねっ!」


「俺も一人。お前も一人。合わせれば二人。仲良く行こうぜ。ベル」


「あわ、はあ、こんな幸せな事があっていいのだろうか?君の名前を呼んでも後悔しないだろうか?私は……また、一人になるのだと誰の名前も呼んでこなかった……少年は名前を呼んでも、私と一緒にいてくれるのか……?」


「あぁ……呼んでくれ、俺の名を。俺の名を覚えているのは、もう、ベルしかいないんだから」


「少年、いや、その、ぁ……ォ、オリオン」


「行こうぜ、ベル」

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Shootingstar Memorys~流れ星の記憶~ べる・まーく @shigerocks

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