選り好み出来る手段など
二年生の教室は一つ階を下りた三階にある。昼休みの終わりではあるが、廊下は人で溢れていた。こうやって見ている限りだと、人と俺たちの区別はつかない。制服は同じだし、魔術師であるからと言って何か特別に印となるようなものを着けろと言われているわけではないからだ。しかし教師はその人物が名簿から人間であるか否かを知っており、接し方に小さな差が生じる。そこからその人物がどちらであるか生徒たちにたちまち波及するのだ。それに俺たちは能力の観点から部活動の参加が遠慮されることもある。それが差を助長しているのだろう。
俺はがらりと引き戸を開け、教室の中に入る。
がやがやとした教室。戸の近くの席に、無言で俯きながら教科書を見る千葉とその周りで口うるさく何かを言う三人が目に入る。
「おい発光野郎、お前光ってみろよ」
どすんと椅子を蹴られている。廊下側の一番前の席。千葉は気が弱い質で、目が悪いため眼鏡をしていた。こうやっていちゃもんを付けられるようになってから、我慢するために手のひらに爪を食い込ませる行動が目に付く。今もそうしており、くっきりと爪の跡が付きそれに加えて赤黒い血が滲んでいた。
毎日飽きもせずに行われるその行為だ。教室の中に居るわずかな人間は見ぬふりをしている。
俺たちは少数派で、だからと言ってどうしてこのように接されるのか。少数だからという理由でストレスのはけ口紛いのことをさせられて、死んだように息を潜めて暮らさなければならないのか。そう思えば疑問が生じる。俺は途中からこうなってしまった半端ものだからこそ分かる。人間であっても魔術師であっても根本的なものは変わらない。魔術師になったからと言って攻撃的になったり、感情が消え去ったりしないのだ。いきなり人としての権利を反故される、そんなことが許されていいのか。普通に生きることが、どうして妨げられなければいけないのだろう。どうして、なぜ、その答えを応えてくれる人はいない。酷く不条理で、どうにもならないことが歯痒くやるせない。俺はぐっと拳を握りしめる。
「――内藤、藤岡、鈴木先生に呼び出されてたよ。課題に不備でもあったんじゃないの」
俺がしれっと嘘を吐くと、二人はやべえと職員室に向かう。残りの椅子を蹴っていた菅井はチッと舌打ちをし、邪魔すんじゃねえよと独りごちてから自身の席に戻って行く。菅井はクラスの中でも良くも悪くも目立つ人間だ。悪い方にはかなり作用すると言った方が正しいのか。クラスの中の中心人物とまでは行かないものの、素行が良くない者とよく一緒におり、そのリーダー的な役割をしている。教師の前では取り繕っているし、千葉にこうやってちょっかいを出しているところを見ると皆何も言えないのが実情だった。何か言えば次に標的になるのは、それが行動を渋らせる。
短く刈り上げた黒髪に群を抜いて高い身長。野球部のエースで、最近は成績が振るわないと聞く。そのせいもあってか最近は特に千葉への当たりが強いように感じた。
「吉川君、その、ありがとう……」
「千葉も、嫌ならどこかに逃げるなりした方が良いよ」
「あ、うん……」
俺は窓際寄り中央の前から四番目という何とも微妙な位置にある自分の席に着いた。窓際の一番後ろという好立地の席に座っている菅井の視線を痛いぐらいに感じる。鈴木いなかったわー、と教室に入る二人の姿が目に入る。授業のチャイムが鳴った音と共に教室に先生が入室し、生徒がなだれ込むように入る。
先ほど高槻が言っていた、渡辺がセラの一員であること。席は俺より少し離れた廊下側の席で、彼は既に着席していた。先生が教卓の前で授業の準備をしている。運がいいことに渡辺もまた机の中でスマートフォンをいじっているのが見えた。クラスの連絡網の関係で、渡辺のアドレスは知っている。教科書を置いた机の上、机の中で隠れるようにスマートフォンをいじる。用件は「セラについて」、その後に高槻に渡辺がセラの一員であると教えて貰ったこと、自身がそれに加入したいことを書き、ショットメッセージで送った。
「――起立」
日直のその号令で席を立つ。礼をして着席、その一連の動作が終わると教科書を開くように指示される。新しい公式が黒板に書かれる。それを怠惰に板書していると、すぐに渡辺からの返信が来た。ぽん、とメッセージが開きぱなしの画面に出てくる。
『突然だったから驚いた。吉川もそうだったのか』
『突然ごめん。四月に検査受けたら分かって』
『いや、いいんだ。四月からなら大変だっただろ』
教科書のページが指定され、解くようにと口頭で指示が出される。それをこなしながら俺はチャットを続ける。
渡辺はもともと柔道部ということもあり、かなり大柄な体をしている。詳細な能力は分からないが、よく公欠しているのを見るので社会貢献が出来る方の能力なのだろう。朗らかな性格で協調性もあるから、クラスの中でも目立つわけではないがそれなりの位置にいる。
『ところで吉川の能力ってなんなんだ?』
『一応、瞬間移動なんだけど、あんまりコントロールの仕方が分からなくて』
『それでセラか……、確かにセラには瞬間移動の能力者たくさんいるし、トップも瞬間移動だから能力のコントロールを学ぶ環境としてはいいと思うよ。俺から上に掛け合ってみる』
『ありがとう』
『気にすんな、お互い様だろ』
ちょうどよく渡辺に問いが当たり、前に出るように指示された。彼は顰めたような顔をしたのが見えた。悪いことをしてしまった、と彼が席を立って前に出た時にちらりとこちらの方を向いたので、手でごめんと小さくジェスチャーを送ると、彼が小さく大丈夫だ、と口を動かしたように見えた。
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