ポテトの人

 傷が徐々に塞がっていく。半分ほどまで治ったところで彼女の顔がはっとしたものに変わった。それにどうかしたのだろう、と思っていると、少し顔を赤くして焦ったように言葉を紡ぎ始めた。

「申し遅れました、私、薬師寺ちゆきと申します。能力は治癒で、失った感覚は視覚です。でも弱視ですので、完全に見えないわけではないんです。よろしくお願いいたします」

「吉川晴翔です。能力は瞬間移動で、失った感覚は痛覚です。こちらこそよろしくお願いします」

「よしかわ、さん……、もしかして、ポテトの方?」

「ポテト……?」

「昨日、由宇ちゃんがポテトを買ってきてくださったんです。”吉川”という方が奢ってくださったと言っていたのでてっきりあなたかと」

「身に覚えがあります……」

「それは良かった、ありがとうございます。おいしかったのでお礼を言いたくて」

 昨夜の高槻が二つのうち一つを持って行ったのはこれか、と合点が行った。巡り巡ってこうやってお世話になっているのだから、あの出費も安いものだと思う。傷を見れば大方治っており、あとは表面の火傷を残すのみとなっていた。

 目を伏せてご機嫌に、小さく歌を口ずさむ彼女はなんだかずっと幼く見えた。外見から判断するに俺や高槻と年のころは同じぐらいだとは思うが、佇まいや口調は俺たちよりもずっと大人びて見える。しかしポテトひとつでこのご機嫌の具合といい、なんだか浮世離れしており、それで無垢な子供のようにも思えるので不思議だった。

「薬師寺さんは……」

「ちゆきで結構ですよ。あまり好きじゃないんです、名字」

「えっと、ちゆきさんは」

 次はこちら、と顔をぺたりと触られる。こちらの方は薄い切り傷だけだったこともあり、彼女が指ですっと撫でるとそれだけで終わってしまった。両手を膝に置き、彼女はにこにことした表情で待っている。

「なんだかとっても嬉しそうですけど……」

「あっごめんなさい。由宇ちゃん以外に同じくらいの年齢の方とお喋りをするのが久しぶりで……、顔に出ていましたか?」

 ちゆきさんは困り顔をしてむにむにと自身の頬を揉んだ。柔らかそうな白いお餅のような頬がいろんな形に変わっていく。それが一通り終わると、軽く頬を叩いてきりっとした表情になるが、まだその緩んだ口角は直しきれていない。可愛らしい人である。

「……俺のことも晴翔でいいですよ」

「あっ、本当ですか? 嬉しい! では晴翔さんってお呼びしますね」

「えっと質問なんですけど、いいですか?」

「いいですよ、私が答えられる範囲であれば」

「ちゆきさんは、あんまり同じような年齢の人と話したことが無いって言ってましたけど、学校とか通ってないんですか?」

「両親が過保護で、ほら私目が見えないでしょう? なので勉強は通信教育で、社会活動をするとき以外は家で過ごしてるんです」

「それじゃあ高槻とはどうやって知り合ったんですか?」

「由宇ちゃんとは社会活動で。電車の横転事故でけが人の治療をするために参加していたのですが、そこで出会ったんです。本当は被害者側の方と第三者である私が連絡を取り合うようなことって法律で禁止されているんですけど、同じ魔術師だって聞いて居てもたってもいられなくなって。連絡先を無理やり交換しました」

「そ、そうなんですか」

 物言いとは逆に彼女はかなり押しが強いらしかった。にこにこと笑みを絶やさない。ちゆきさんは不意にあっと声を上げる。いったいどうしたのだろう、と尋ねれば、彼女は恥ずかしげに言った。

「晴翔さんのお顔を触ってもいいですか? どんな顔立ちをしているか、知りたくて」

「いいですよ」

「それでは失礼しますね」

 特段減るものでもないし、その申し出に了解の意を示せば、彼女がまっすぐに腕を伸ばした。俺の頬を両手で挟んで位置を掴むと、目や鼻筋、髪を撫でていく。それが少しくすぐったくて、あと打って変わって彼女の真剣そうな顔が至近距離に映るので思わず目を瞑った。

「鼻筋は通っていて、目も少し切れ長、唇は薄くて、あと肌がつるつる。髪の毛の色と目の色は黒ですか?」

「そうです」

「まつげが長くて羨ましいです。能力を使った時の目の色って何色でいらっしゃるんですか?」

「青です」

「まあ、由宇ちゃんと同じ色なんですね。失った感覚も目の色も同じだなんて、少し珍しい」

「そうなんですか? 割とありきたりだと思っているんですけど」

「二つとも被るのはとても珍しいと思いますよ。血縁者でもない限りは」

 彼女はありがとうございます、と手を離した。

 確か魔術師の能力は、かなり遺伝的な要素を多く含むと聞いたことがある。兄弟や親子間での能力の相違に関する論文をちらっとテレビで見たことがあった。しかし目の色や感覚のことまで遺伝に起因するとまでは聞いたことが無く、俺は思わず感嘆の声を上げる。

 そのままちゆきさんと、好きなお菓子のことであったり、音楽のことであったりを話していること30分ほど。部屋の端っこで仰向けになっていた高槻がむくりと起き出した。ちょうど高槻のことについて話していたのでタイミングが良すぎるくらいだ。先ほどより随分と顔色は良くなっているが、不機嫌そうな表情は隠しきれていない。自分が話題に乗っているから気になったのだろうか。

「今、ちょうど高槻について話してたんだ。高槻って誰から能力の扱い方教わったんだろうって。昔から誰とも組んで無いようだったから」

 ちゆきさんから聞いたところによると、高槻もまた俺と同じように途中で魔術師になったようだった。途中から魔術師になるということは、何の心構えも無く能力を手にすることと同じことで、備わった能力を手持ち無沙汰にすることが多いらしい、俺と同じように。逆に最初から能力が備わって生まれてきた者は、何も教授が無くてもある程度は扱えるとのことだった。それに幼い頃は能力の扱い方を学ぶために、セミナーを受講するらしくそれのおかげもあるのだと言う。

 高槻はふあ、とあくびをした。

 ちゆきさんから話を聞くと、高槻については不可解なことばかりだった。ちゆきさんと高槻が初めて会ったのは一昨年のことらしく、その時高槻は魔術師になったばかりだった。それにも関わらずその時点で高槻は能力について上手くコントロールをしていたらしい。しかしその時点でチームを組んでいるような話しぶりでは無かったらしく、ちゆきさんもまた高槻の能力の扱いが秀でていることに関して不思議そうにしていた。

「お兄ちゃんに教えて貰ったの。同じ能力だったから」

「そうなのか」

「うん。あ、ちゆちゃん、吉川治してくれてありがとう。今度はアイス持ってくる」

「次は、コーヒー味のものがいいです……!」

「了解―。私もだいぶ治ったし、そろそろお暇しようかな。洗面器、片付けてくるね」

 足元が覚束ない高槻が立ち上がるのを見て、慌てて俺が片付けるよ、と言うが、女の子の使ってるお風呂場に入るつもりか変態、と高槻になじられる。それに慌てふためいていると、ちゆきさんもそういうことです、とくすくすと笑いながら言った。きっと俺が慌てて立ち上がって、高槻に罵られてしゅんとした姿を感じ取ったに違いなかった。

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當代の魔術師 きづ柚希 @kiduyuzu

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