かくも生きづらいこの世界だ
歪な電子音が辺りに鳴り響き、それがひとしきり終わった後にモノレールが動く音が聞こえる。この地下都市への電力の供給手段が経たれて久しいものの、モノレールについては試運転中の半永久エネルギーのおかげで現在でも動いている。いや止まれないと言った方が正しいのか。しかしそれのおかげで淀んだ空気が少なからず掻き混ぜられて多少はマシになっているので、無人のまま動き続けているというのは気持ち悪いものだが、許容できる。
モノレールは次の都市へと狭いトンネルを通って向かう。後方に付けられたライトが徐々にか細くなっていくのが見えた。駅は周りよりも小高い位置にあり、非常電灯が照らす薄い暗闇の中で、荒廃しきった都市の全貌が一望できた。その駅には地上部への出入り口が併設されている。二人で一通り生命体を払い終え、パスを打ち込めばノイズ混じりの女性の声が耳に入る。
『認証パスを確認。第一ゲートを開きます。周りに生命体が見えないことを確認してからお入りください』
扉が横に開き、入ったと同時に閉のボタンを押した。すると内部に光源がまばらに点き始める。白の長方形の空間。部屋の中心部には真四角の機械。横には無数のシャワーヘッドのような物が取り付けられており、視線の先には厳重に閉められたスライド式の扉がある。ここでの検査を終えなければ外には出られない仕組みだ。
『殲滅した生命体の確認をいたします。手首のICチップを認識できる位置に置いてください』
「吉川どうぞ。それ吉川引き付けたのだから」
「いやでも、高槻がいなければできなかったし……」
「私あんまりそういうの考えてないから、それにどうしてもって言うなら次の時に私に」
確かに今ここで均一に取り分を分けようとするならば少し面倒な気がする。彼女のお言葉に甘えて、手首を機器にかざしてから、結晶体の入ったビニール袋ごと機械の上に置くとそれが収納された。
『ID:D0087779799吉川晴翔。殲滅数25』
その表示が画面上に現れる。続いて俺が手首を外したのを確認してから、高槻が前に出た。そして手首を同じように添えて操作を終える。
『認証いたしました。既定の位置に付いてください』
既定の位置とは青い線の引かれた場所のことで、そこに二人並ぶと、壁から強い風が吹く。その後軽く純度の高いアルコールの霧が吹きかけられる。
『第二ゲート開きます』
第二ゲートが開く。そこには先ほどの場所と同じような空間があり、開いた瞬間に柔らかな日差しが辺りを包む。日差しと言っても人工的に太陽を模した光源のことだ。人工生命体は紫外線に弱いと言う特徴を持っている。それを利用した消毒方法とも言える技術で、地下から外に出る際はこれをすることを義務付けられているのだ。
すべての検査が終わりほっと息を吐く。緊張が緩んでいるのは隣にいる彼女も同じようで、表情が緩んでいるように見えた。第三ゲートが開き、外に出る。外に出る、といっても未だ建物の中ではあるが。地上と地下をつなぐ出入り口は、一般人が入り込まないように、また風雨によってシステムが劣化することが無いように、既存の建物や新たに屋根などを付けられた場所にある。この区の地下特別廃棄区画は、ちょうど大手小売り店の最地下に併設されている。普通の人がまさかここに地下と地上とをつなぐ出口があるとは思わないだろう。現に俺も、こうなる前までは知らなかった。
「――今帰りですか? 中荒れてました?」
「少しだけ。あんまり見ない顔ですね。こちらには初めてで?」
「ああそうなんですよ。いつもは1区の方で。あちらは
「もしかしたらこちらも厳しいかもしれません。最近はモノレールに乗って移動している個体も居るようですし」
「そうですか……どこも厳しいですよね。ありがとうございます」
俺たちよりも少しだけ年が上ぐらいと思われる痩身の男と、横の筋肉隆々の男はぺこりと頭を下げた。そしてそのまま生体認証をし、地下へと潜っていく。魔術師同士は連帯感が強い。こうやって頻繁に情報を確認しなければ、地下の情報は一分一分異なるのだ。いつ野垂れ死ぬかも分からない。
彼女のその手慣れた具合に俺は思わず驚いてしまった。いったいどれくらいの期間、こうやって仕事をしていたのだろう。
「……さっきのって」
「やっぱり吉川も気になるよね。私も聞いただけ、だけど。本当に都市伝説レベルで、魔術師の死体を使って色々いじる非合法な組織があると聞いたことはある」
「……さっきの人たち行かせて良かったのか? ……もしかしたらあの人たちも」
「これこれこうだから止めろって言って聞くような人たちだった? 誰だって必死で生きてる。危険因子見つけて差し出したらランク上がるかもぐらいにしか考えないよ」
ランクはID横のアルファベットのことで、人工生命体の討伐及び社会貢献によって上がる。最低位はEで最高位がS。ランクが上がるにつれ、上がるための課題は厳しさを増す。しかし全ては自身のためだ。何もしなければただただ社会的弱者のまま、一生差別され生きていくほかない。
魔術師、は生まれながらに能力を持つ者と、途中から能力を持つ者の二つに分けられる。人間は生まれてすぐに、検査が行われる。魔術師は生まれながらにして細胞にある程度変異が見られ、そうと分かるとその子供と母親は保護観察官付きの生活を迫られることとなる。その過程で軋轢に耐え切れずに子を捨てる親も初期は見受けられたが、現在では手厚い保護もあり、それも少なくなっていると聞く。もともと能力の有無は遺伝的な要素が非常に大きく、魔術師同士の親が増えたためにそういった事例が少なくなっているのだという見解もある。後者は生育の途中で、定期検診などで異常が見られ能力を持っていると判断が下される。前者とは異なり、いきなりの自身の身体の変化に戸惑う者も多い。うまく能力が扱えなかったり、自身の帰属が不確かになり精神を病んでしまったりする者も多数だ。
俺がそうであると診断を受けたのは、今年度の初めのことだった。今までは普通の人間として生きてきた。しかし能力があると分かってから生活は一変した。手始めに手首にIDチップが埋め込まれる。チップにはいくつかの機能が付いており、その中の一つのGPSを通して、魔術師がどのような動きをしているのかを政府が監視する。また能力を地下特別廃棄区画以外での場所で使用することによって極小のスタンガンが内蔵されており、電撃が加えられる仕組みとなっている。これは一般人に危害を加えないための処置である。最初こそ戸惑った。両親は落胆し、一時期は話すらもままならない状態だった。それもそのはずだ。能力を持っていると確定した時点で、普通に生きる道は閉ざされる。社会に貢献できそうな能力を持っていれば表で生きることができるが、そうでないものは必然的に地下へ。
それぞれ、必死に今を生きている。俺だってそうじゃないか。慣れても居ないのに単身地下へ行って、理由はどうあれ死にそうになったところを高槻に助けてもらった。最初に言うべきだったのは、二人を止めなかったことの非難ではなく、命を救ってもらったことに対する感謝の言葉だったはずだ。俺は拳を握りしめる。
「……キツいこと言った。まだなったばかりだよね。……ごめん」
「いやいいよ。俺も新参なのによくこっちのこと知りもせずに言ったし。高槻のおかげで死なずに済んだ。ありがとう」
「どういたしまして」
廃棄区画への出入り口は、かなり地下にあることもあり、本当に地上に出るには錆びれた階段を上らなければならない。時刻は夜の九時も過ぎた頃。既にデパートは店じまいを終えている時刻だ。多くの客と入れ替わるように、この場所には魔術師が集う。錆び止めの赤いペンキを塗りたくられた専用の階段。真反対からは何組かの魔術師たちが通りかかる。その人たちに会釈をし、少し情報交換をしながら上へと上り切ると、小さな出入り口があった。表向きには搬入口となっているが、実際は魔術師をこの地下に送り出すための門だ。それを二人して順々に潜り抜け、スタッフオンリー、そう書かれたドアを閉めればがちゃりと施錠される音が聞こえた。出るのは簡単だが、入るには生体認証が必要だ。これも普通の人間と魔術師の棲み分けを行うためには必要なものだ。
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