一章:マイノリティ
運命に逆らえ
殺されるよりも先に殺してやる。それが俺たちが運命に抗う唯一の方法だ。
「くっそ……!」
俺は鞄の中身を暴き出すようにそれを探すが無いものは無い。先ほど奴らに壊され粉々になったそれは当に逃げる途中に投げ捨てた。細い路地に逃れ混んだが、小回りのきく奴らからしてみれば俺をなぶり殺す絶好のチャンスに違いなかった。
30年ほど前、この東京に急激な人口増加と共に増設された。地上よりワンフロア下、太陽の光などどこにも無い。完全な空調設備と人工太陽の下で地上と同じように生活出来ると銘打たれた、地下都市は都心からのアクセスが良いこともあり、増加した人口を受け入れる場所となっていたらしい。しかし急激な人口減少、そして何よりやつらの無秩序な増殖により、地下都市は最早人が住めるような場所では無くななり、いつしか地下特別廃棄区画とされる。
キチキチ、と歯を嚙合わせる音が四方から聞こえる。空調も光源設備も壊れたこの地下都市はやつらの格好の巣窟となっていた。やつら――、人工生命体は30年ほど前までは家庭用の愛玩動物として飼われていたのだと言う。しかし驚異的な繁殖能力とその適応力になすすべが無くなり、人は地上へと追い込まれた。人が居なくなってからは凶暴化し、この地下一帯を縄張りとして活動を続けている。環境汚染や遺伝子汚染を考慮作り出されたため、紫外線の下では一分と生きることができない身体であることが救いだった。しかしいつ進化してしまうかも分からない力を秘めている。そんな人工生命体をせん滅するのが、當代の魔術師、そう銘打たれた俺たちが生き残る術だ。
「逃げ道は……!」
暗闇の中で赤く光る眼が二、四、六、八、軽く見積もって二十対。路地に入る途中で表通りに繋がるドアは無いかと探したが見当たらなかった。
背中から吹き出るのは冷汗だ。まだ能力が安定していない俺がここで能力を使うのは危険すぎる。何せどこに飛ぶのか分からないのだ。この廃棄区画に来てから日が浅く、出入り口の場所も把握していない。ここで迷い死ぬか、それとも今ここで食い殺されて死ぬか。ぐっと息を飲む。
カランコロン、空の缶か何かが転がる音。それに反応したやつらが後ろを一斉に向いた。その瞬間カチッと聞きなれた音がして、眩いほどの光が辺りを包む。やつらの断末魔が辺りに響き、水が蒸発するような音と共にひし形をした透明な結晶体を残して跡形も無く消え去る。
この場所に居ると言うことは、十中八九魔術師に違いない。既に強烈な光源は消えている。俺は持っていた小型の懐中電灯を点け、足元を照らした。
「すみません、支給されたライト壊れてしまって。あとここら辺来たことが無くて迷ってしまったので、出入り口を教えていただけませんか?」
その人物はしばしの沈黙の後、頷いた。ゆったりとしたトレーナーを着ているために性別の判断はつかないが、女性にしては肝が据わりすぎているし男性だろうか。
魔術師はこの廃棄区画で人工生命体をせん滅することや何らかの形で能力を生かすことで社会貢献をしていると見なされ、わずかながらに報酬が貰え、待遇も良くなる。魔術師はその貢献度によってランク分けされており、最上位では普通の人間と同じような扱いをされる。何らかの形で社会貢献をする、というのはランクを上げるのにはとてもではないが効率的ではない。大体大きな事故などによって収集がかかるものだが、そこで呼び出されるのは治癒能力や肉体強化系の能力を持った者が大半で、荒くれ者のレッテルを貼られた攻撃系の能力の魔術師はお呼びにかからないのだ。必然的にそう言ったお呼びにかからない者たちは、地下都市に潜ることになるのだが、ここでの職務は待遇としては最悪で、一人で行って野垂れ死ねば亡骸は葬ってもらえず、また生命体に無残に食い殺されることもある。ここに来る道中、俺自身もそう言った遺体を何体も見てきた。そのような過酷な状況だからこそ、女性が来るとは到底思えなくて、暗闇で見えた背格好も俺と同じくらいだったことから、もしかしたら同じ年ぐらいの人で、あわよくばお友達になれたり、一人のようだったからチームを組めたりするかもしれない、と思っていたのだ。
「……吉川、だよね?」
「へ?」
その人物が人工生命体の結晶化した核をふわりふわりと避けるように飛び跳ねながらこちらに向かって来る。目が淡い青色に発光している。魔術師は能力を使う際に、目が発光する特性を持っている。重力に関係する能力なのだろうか、と思った。その人物がいきなり口を開き、俺は思わずきょとんとしてしまう。自分が思っているよりも随分と高い声だ。そんなキンキンとした金切り声ではなく、女性的で、いや女性なのか。
「あー、去年同じクラスだった。委員会同じだったんだけど覚えてる?」
「……高槻?」
「そう。どうしたのこんなところで。ここ、一般人の立ち入りは禁止されて……」
「――……そろそろ倒れている頃だろう。検体の回収をしろ」
カツンカツン、足音が近づいて来る。それと共に低く地を這うような声が聞こえた。検体、なんのことだ。俺が前に居る彼女に尋ねようとすれば、口を手で塞がれ、身を低くするように促される。そして懐中電灯のスイッチを音もなく消した。この場所での場数は彼女が圧倒的だ。彼女に従うことにする。
「おかしいですね。確かここに逃げていたはずなのですが」
「探せ。二人居たはずだ。一人は年若い経験が無さそうな男で、もう一人は小柄な人間だった。あそこまでやつらに囲まれていれば、並みの魔術師では手が打てん。それも年代物の
上の窓であった部分から身を乗り出すように、年が若いような声の男が電灯で辺りを照らした。いつの間にそこに居たのか、まったくもって見当がつかなかった。その男はじっくりと壁際に沿って光を照らしていく。俺たちの居る場所までもう少しで到達する。高槻は俺の頭を更に押し込めて身を屈めさせる。彼らの口ぶりからして見つかったらやばいのではないか、その思いが一気に冷汗を噴出させ、心臓の鼓動が速くなる。しかしその光は俺たちの下に届くことなく、先ほど高槻が倒した人工生命体の残骸に向けられた。
「あー、倒したみたいです。もう二人ともここには居ないでしょう」
「そんなはずがないだろう。真下を探したか? 核を持ち帰らない魔術師がどこにいる」
「探しましたよ、きちんと。俺が見る限り、男の方は少々ぎこちなくはありましたが、瞬間移動の能力の持ち主でした。もう既にいなくなったのでは」
「それは本当だろうな。……次の場所へ向かうぞ」
声の持ち主たちが去っていく。緊張の糸が解れ、二人で静かに息を吐き出した。その気配が完全に無くなると同時に高槻が立ち上がり、小声で尋ねる。
「……あれ何?」
「俺は知らない」
「聞いてる限り、吉川のこと狙ってたみたいなんだけど」
彼女がばさりとフードを取り払う。その顔は困惑に満ち溢れている。高槻とは去年同じクラスで、席もなんの偶然なのか二回ほど隣になった。至って真面目で成績優秀。今は肩ほどまである髪を邪魔にならないようにか一つに括っている。その可愛らしい顔にも眉間にしわが寄り、怪訝そうに歪められていた。
「それに、あの男、私たちが居ることに気が付いてた」
とりあえず核拾おうか、そう彼女が言う。その切り替わりっぷりに思わずぽかんとしていると、高槻が変な顔と笑った。
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