じゃれあい
・・・
「――ッたあ、お前マジかよ。二組の高槻だぞ? 性格も良いし結構可愛いし、優しいし、お前夜に会ってモスで奢ってそれで終わりかよ。”あっもう暗いね、家まで送って行こうか?”、そう言うと彼女は少し不安げな表情をしながら”帰り道、最近不審者が出るって聞いてたし怖いと思ってたの”、と言う。そこですかさずその心配を取り払うようにこう言うんだ。”俺が付いてるんだから大丈夫だよ、じゃあ行こうか”、って。そこで肩組んで送って行けよ。ついでに家の場所と部屋の位置も押さえておけよ。もう送りオオカミになっちまえよ勿体ねえな!」
「声色変えて一人二役すると本当にドン引きするからやめてくれ。吐きそう」
翠はもしゃもしゃと購買で買ったパンを食べる。コンクリートの地面にどかりとあぐらをかいて座っている。勿体ねえなあ~、とフェンスに頭を預けてカレーパンを嚥下するその姿に、余計なことを垂れ流しすぎだからとりあえず気管に入ってしまえと1分に20回は思っている。
「晴翔お前本当についてんのか? 助けてもらった時に抱え込まれたんだろ? においは胸は? 何も感じなかったのか、いやなんか感じるだろ。溢れ出るパッションどこで発散すんだよ、なあオレなら勃つぞ」
「るせえ万年発情期」
真顔で言った翠に俺はそう吐き捨てる。そもそもこっちは生きるか死ぬかの境目を彷徨っていたと言うのに気にしてられるか。それにこの場所には俺たち以外にも昼食を食べている人が居るのに、よくそんな話を出来るな。俺は白い目で翠を見ながらおにぎりを齧る。
普段は老朽化を理由に立ち入りが制限されている屋上であるが、生徒が使うことを容認している。ただの生徒ではない、全員魔術師だ。ただ一人翠を除いては。ここに来るのは教室に居場所が無いこともあるのだろう。俺もその一人だ。
「……高槻のことばっか言ってないで、お前彼女居るじゃん。どうなったんだよ」
「あー別れたわ」
「なんでまた」
「性格の不一致」
「離婚の理由みたいに言うなよ。どうせお前が下ネタかまして引かれたんだろ」
「いやあ~やっぱり晴翔は分かってますなあ。やっぱりオレ晴翔以外と結婚できない。結婚しよう」
「離婚しよう」
「スピード離婚過ぎて笑う」
「そもそも結婚してないからな?」
「あなたの子なのよ認知して!」
「二人とも男だ」
ノれよ、と翠が俺の肩を叩く。それは俺を聞き流した。
翠とは生まれた時から一緒で、ある意味家族よりもより近しい存在な気がする。俺が能力を持っていると分かったときも、俺の周りは皆顔を強張らせたが、翠だけは違った。「瞬間移動? 朝の登校めっちゃ楽になるじゃん、あと今度沖縄連れてってくれ」、人間じゃ無くなった、そう伝えた時に翠が言ったのはまさしくそれだった。にかりと笑いながら屈託なく言い切ったものだから俺の方が拍子抜けしてしまったのは記憶に新しい。お前がどうなろうがお前はお前だろ、周りの人間の俺を見る目が変わって、得体のしれない自分自身に辟易していた時にかけられたその言葉に精神的に救われた。なんだかんだ言って翠には勝てないなあ、と思う。
「今は、陸部の奈々子ちゃん気になってんだよなあ~。美脚だし、あーでも短距離だから話しかける機会無くてさあ。短距離に転身しようかなあ」
「そんな不純な理由で変えたら先生に怒られんだろ……」
「まあそうなんだけどさあ、でも生足拝みた……――あっ、やべ! 今日部内のミーティングだったわ。それあとで引き取るから持っといて! 絶対食うなよ、特にメロンパン!」
残りのカレーパンを詰め込んで、コーヒー牛乳を片手に立ち上がる。背中のワイシャツがズボンからはみ出ている。それを仕舞えとジェスチャーを送れば、センキュっと器用にウィンクをして駆けだした。正直言って男からウィンクをされても全く嬉しくない。
ひとまずばらばらに置かれたパンを一まとめにして、ぼんやりと空を見る。嵐が去ったような感覚だ。時間はもう少しあるし、これからどう暇を潰そうかとスマホを眺めると、気が付かないうちに通知が入っていることに気が付いた。よくよく見てみれば、奈々子ちゃんとやらの写真をおそらく送ってきた翠と高槻だった。翠の方は無視するとして、彼女の方を見れば、20分前に「紹介したい人居るから学校に居るなら屋上に来て」というメッセージが入っていてどきりとして辺りを見渡す。もしあの話を聞かれていたらまずい。俺は何も話してないけど、翠がべらべらと喋っていたことが非常にまずい。俺の沽券にかかわる。
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