情報収集
この都市は夜も眠ることは無い。通りには数多くの車が走り、スマートフォンを片手に持ってせわしなく歩くサラリーマン、腕を組んで歩く恋人たちやひらひらとしたドレスを纏う女性の姿が見受けられる。昼間ならともかく、こんな夜にラフな服装で、しかもこの街に似つかわしくない年齢の俺たちが出歩いているのはどう見てもおかしいだろう。助けてもらったこともあるし、彼女にはお礼もしたい。知り合い以上友達未満のような関係で誘うのも少し気が引けたが、彼女の踏んでいる場数は俺のそれよりも多い。都市伝説と彼女が言ったことも聞いたことが無かったし、力の扱い方も上手かった。何か聞き出せることもあるんじゃないか、その下心で俺は口を開く。
「……時間ある? お礼したいんだけど」
「モス」
「へ?」
「誠意を見せるの誠意を」
高槻が俺を覗き込むように見る。そしてにやりと口元を歪めた。学生の身分としては安くない出費だ。俺はひとりでにため息を吐き、その提案に頷いた。
「高槻、性格変わったな……」
「そうかな。同じだよ同じ。まあ吉川も今はお仲間だしね。それに今隠し事してても何の得にもならない。色々聞きたいこともあるでしょ」
「よくご存じで……」
「私も昔はそうだった。圧倒的少数派の私たちが生き残るために必要なのは情報だよ。ま、仲良くしよう」
駅の近くということもあってか人通りが徐々に多くなる。駅の周辺ともなれば、大手チェーンの飲食店の数もそれなりにあった。その中で向かい側の道路に緑色の看板を見つける。赤信号の人の脇にはあとどのくらい待てばいいのかを示す黒の棒が点滅している。周りの人間が信号待ちで前の人間を押すような圧力を持って待つ。
「吉川はなってからどれくらい?」
「ん、と二か月弱くらいかな。春の診断で分かったから」
「本当? もしかして今まで組んだことない? それ結構危ないと思うんだけど」
組んでない、とはチームのことだろう。魔術師は廃棄区画内ではチームを組んで行動することが多い。その方が生存の確率が上がるからだ。初めて入る者はまずチームを組むのが当たり前だと聞いているが、途中でそうなってしまった俺は組む相手が周りでは見つからなかったのだ。
「見つからなかったんだよ」
「クラスの人でいないの?」
信号が青になり、皆歩み始める。ガラス越しに見える店内は人がまばらで、パソコンや勉強道具を広げたサラリーマンや学生が何人か居るだけだった。
俺たちは一度口を噤み、店の中に入った。注文を促されると彼女はポテトを二つとバニラシェイクを一つ頼む。俺はジンジャーエールを一つ注文し会計を済ませた。最初に飲み物が手渡され、既に彼女が人気が無い喫煙席の一番端のボックス席を取っていたのでそこに向かう。
「いやーごちそうさまです」
今日一番の笑みを浮かべながら、高槻が機嫌よく手をすりすりとさすっていた。それに俺は思わず調子のいいやつだと苦笑いを浮かべる。
「……いいけどさあ。それにしてもどうしてポテト二つ? そんな食べんの?」
「んー、ちょっと食べると言うより使う……?」
「なんだそれ」
高槻はぐるぐるとシェイクをかき混ぜながら、明後日の方向を向いて言う。
なんだか今日は色々あって疲れたな、俺はジンジャーエールを一口含んで、息を吐き出した。まさか殺されそうになるとも思わなかったし、そこで同級生にばったり会って助けられ、また今まで見たことがない系統の人たちにも遭遇した。こうなってからというもの、俺の日常はあまりにもそれとはかけ離れすぎている。
「まあそのうち慣れるって」
「そうだといいんだけどな」
「……ところでさっきの話、していい?」
「ああ」
チームを組む相手が周りに居ないと言う話だ。魔術師の数は全国民の約一割と言われている。世代が若くなるごとにその割合は高くなると聞いているが、クラスでも普通の人間では無いものは俺を含めて、わずか5人。40人のクラスの中でそれだけの人数しかいない。
社会では誰もが平等に生きることができる、と法や憲法で定まっているが、それは建前にしか過ぎない。実際は体内にGPSを埋め込まれ、朝起きてから寝るまで監視されている。何か能力を使った暴力沙汰など起こしたら、俺たちは絶対的な悪だと見なされる。そのため俺たちは人目を避けるようにひっそりと暮らさなければならない。俺たちからしたらクラスの中でそう言った話を話すのはタブーだ。魔術師が複数集まって話す場面を目撃されれば怪訝な目で見られる。互いに知らぬ存ぜぬ空気のように生きているのだ。実際俺がそうなってからも彼らとの接触は無いし、そう言った暗黙のルールの手前、俺からも喋りづらかった。
「そもそもあんな雰囲気の中で話せないし、もともと俺のクラスには攻撃系のやつは俺ともう一人しかいないからなあ」
「そのもう一人と組めばいいんじゃない?」
「……千葉って知ってる?」
「ああ、発光野郎」
高槻が微妙な表情をした。まさか名字だけで反応するとは思わなかった。
魔術師は自身の気持ちが高揚したときに、微量に自身の意図に反して能力が漏れ出てしまうことがある。生理的現象の中に位置づけられるらしいが良く知らない。その漏れ出てしまうのが彼の場合、自身の能力である発光能力であるということだけで。千葉はかなりのあがり症らしく、人前で発表するときや気分が悪くなった時に発光してしまう体質らしかった。それでよくからかわれる、というよりクラスの中心人物から虐めのような処遇を受けている。
何度か話したことはあるが、能力のコントロールができない点を除けば良いやつだと思う。しかしその能力の用性が無いことと、自身に飛び火することを恐れたクラスの中の魔術師たちからすれば付き合う意味が見いだせないし、また知らぬ存ぜぬ暗黙のルールとなっていることもあり、無視を食らっている。
お待たせ致しました、と籠に入ったポテトがテーブルに着く。それに会釈をして、二つあるんだし一つはいいかと手を伸ばせば、こっちは駄目との制止がかかったため手を引っ込める。いったい何に使うつもりなんだろう。
「んー、なかなか環境が悪いなあ。じゃあずっと一人で、独学でしてきたのか……」
高槻は唇をぎゅっと引き結び、なかなか厳しいなあと唸る。
「その口ぶりだと教わるのが普通なように聞こえるんだけど、そっちの方がいいの?」
「まあね。できれば能力が一致してると好ましいって聞くけど。初めて潜るときは誰かと一緒の方が好ましいし、そこで教えてもらうのが一番手っ取り早いとは聞くよ。……セラって知ってる?」
「なんだそれ」
吉川よく生きてこれたね、そう彼女が呆れた表情でポテトをつまみながら言った。シェイクも半分ほどに減っている。高槻は俺に顔をぐっと近づける。白い肌や長いまつげがよく見える。それを彼女が気にする素振りはない。そして更に小さく低めた声で話し始める。
「Commission of Cooperation, Education and Leadership for Ability holder。その頭文字を取って、CCELA。日本語で能力者による連携および教育、統率のための組織。構成員は若い人が多くて、その名の通りの活動してる。老いが若きを導くみたいな方針で、トップはかなりの手練れみたい。地下にも大人数で潜ってて一定の成果を上げてる」
初めて聞く単語に思わず目を白黒とさせてしまう。話を聞く限りだと、一度や二度で解散してしまうと言われるチームよりも大きな組織だと思えた。
「……高槻もそれに?」
「まさか。あそこは誘われないと入れないって聞くし、構成員も攻撃系か治癒系の人が多いって聞く。私は群れるのもあんまり好きじゃないし、あそこはノルマがあるって聞くから。ま、能力の使い方を知りたいならそういうのに入ってみるのもいいかもねって話だよ。吉川の能力は珍重されると思うし、クラスに案外入ってる人いるかもしれないし」
そう言えば高槻の能力を聞いていなかった。裏を返せば攻撃系とも治癒系ともつかない能力だと言うことだろうか。先ほど浮かぶように移動していたから、重力系の能力だと思ったのだけど、俺が尋ねようと口を開けば高槻がガタリと席を立つ。既にシェイクは飲み終えており、手には一つ余分に注文したポテトをちゃっかりと持っている。もう一つの方は既に空で、まだ一本しか食べてないのにと思わず思ってしまった。
「何かあるかもしれないし一応、連絡先交換しておく?」
「分かった」
スマホをポケットの中から取り出し、画面を表示させれば彼女がコードを認識させる。友達リストに入ったそれを見て、高槻はよしっ、と言った。
「ごちそうさまでした。あ、あとあんまり制服で行かないようにね。汚れると大変だし」
高槻が胸元をとんとん、と叩く。それに自身の胸元を見ると、泥が一筋の線になっていた。それに顔を顰める。
「それじゃあまた明日、学校で会ったら」
彼女が手を振ったのに俺も応える。ちらちらと時計を見ていたけれど、何か用事があったのなら申し訳ない。コップには結露が付いている。唇を湿らせるようにジンジャーエールを口に含めば、炭酸が抜け水っぽい味がした。
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