二章:とこやみの逃亡者

まわりみちとうかい


 日はとうに落ちて、夜の静かな空気が辺りに満ち満ちている。

 学校からまっすぐに帰宅した俺は、次の日の予習や諸々をして夜を待った。父母、弟がリビングで団欒をしている気配を感じながら、小型の肩提げ鞄に必要なものを詰め込み地下へと向かう。それがここ二か月ほどの習慣だった。

 家をできるだけ物音を立てないように出て、しっかりと施錠をした。その鍵をポケットの奥に入れる。一連の緊迫感のある動作を終えて俺はふう、と息を吐いた。父や母は俺がこうやって夜中にこっそりと一人出ていくことに良い顔をしない。それが地下に行くためだと言うのだからなおさらだろう。怪我を負って帰ってきた日に、顔の色を変えられたのも記憶に新しい。変な能力を持っていると言えども、回復力は人並であるし死ぬときは死ぬ。心配してくれているのは分かるが、こうやって地下に赴かなければ俺たちにとっては生きづらい世の中なのだ。地下に行くときは必ず恐ろしいと思う。気を抜けば死ぬかもしれない、その体は地下で朽ち果てもう二度と日の目を拝むことはない、そう思うと恐ろしすぎてどうにかなってしまいそうなぐらいだ。しかしそうもしなければどうやって生きて行けばいいのだろう。その思いが俺を駆り立てるのだ。

「……今日はどこ行こう」

 夜のどことなく冷たい空気が肺に入り、全身へと巡っていく。家のある通りはあまり大きくないこともあり、車が通る頻度も少ない。街灯がまばらにある。ランニングをしたりラフな格好で出歩く人にご近所さんかもしれないと、一応会釈程度のことをしながら駅まで歩く。

 昨夜のことがあった以上、一人で1区の地下に出向く勇気は流石に無い。しかし俺自身もその他の区に精通しているわけでもない。いくつかは実際に行ったことがあるが、地理関係はてんで謎であるし、それに人工生命体も変異種が多いように感じられたのだ。

「高槻、に連絡って言っても都合がいい様な気がするしなあ」

 スマートフォンの画面には高槻の名前が表示されている。今日のお昼のメッセージが最後だ。一人で行くのも乗り気がしないが、今日は探索メインでしよう、と諦めてスマートフォンを鞄にしまおうとすれば、肘が電柱にぶつかった。そのまま指が滑り、高槻へ誤って通話する捜査をしてしまう。しまったと通話を切り、ごめん間違えたと打とうとしたところで高槻からの通話が来た。それを切るわけにもいかず、俺は通話に出る。

「ごめん間違えて通話のボタン押した! なんか立て込んでたらごめん……!」

『大丈夫だけど、……もしかして吉川、地下に行こうとしてる?』

「ああ、うん」

『セラに入った? 誰かと一緒?』

「いや、……一人で、でも今日はあんまり奥には行かずに、軽く探索とかしようかと」

 駅に着き、どこに行こうかと思案する。いつもは移動費の関係もあるし、定期の距離の範囲でどうにかするようにしていたけれど、たまには遠くの方に行くのもいいかもしれないとICカードを改札にかざす。

 しばし沈黙の後、電話口で盛大なため息が聞こえた。

『……学校前集合ね。待ってるから絶対来るように』

「ちょっとまっ、……!」

 ぷつっと通話が切れる。ちょうどよく学校方向へと向かう電車が停車して俺は思わずため息をついた。いくらなんでも時機が悪すぎる。さようならSサイズシェイク4つ分のお金よ。

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