共闘


 数少ないものの、持っている知識や交友関係の中では高槻のような能力を聞いたり見たりしたことが無かった。魔術師は平素人間が持ちえぬ特殊な能力を扱えるといえども、体はこの世界にあるために扱う能力はこの世界の法則にいくらかは囚われることとなる。例えば発火能力、彼らは炎を生み出すことができるがその媒体となる紙や燃料が無ければ炎は生まれない。水や風を操る能力だとしてもそうだ、何か元となるものがなれば、無から有を生み出すことはできない。身体能力強化だとしても、自身の体の耐性以上の能力は扱うことはできず、もしそれ以上の能力を使えば何らかの支障が出る。俺の持つ瞬間移動の能力でさえもだ。

 無から有は生み出すことは出来ない、そのはずだった。

 そう言えば彼女がどのような能力を持っているかを俺は知らなかった。口を開こうとすると、高槻は俺の手をこじ開けて自身の作った刃をおもむろに握らせた。手のひらに鋭さを感じる。

「どの能力に限らず、言語化すると発動の精度は上がるって聞くけど私はそうとは思わないな。大事なのはイメージと、欲張らないこと。大きな能力を使えばその分消耗も激しいし、コントロールは効きにくい。でも小さいものを何度も小刻みに扱えば軌道修正が効くし、消耗も緩やか」

「……最初から沖縄目指してたから駄目だったのか」

 高槻は目をまん丸にさせて、きょとんとした表情をした後、噴いた。引きつった笑い声が辺りに響く。道理で無理なはずだと爆笑するその姿に、自身の至らなさを恥じた。目に溜めた涙をぬぐいながら、高槻は言葉を続ける。

「とりあえず自分の手のひらにあるそれを、私の手のひらに移動させて。ちゃんと良く見て」

 俺は高槻の広げた手のひらをじっと見つめる。それが高槻の手のひらにあることをイメージする。視界が一瞬にして青く染まり、高槻が青なんだ、とぼそりと呟いた。じっと一点だけを見つめ続けていれば、彼女の手のひらにぼんやりとした形が作られていくのが目にとれた、ような気がした。それにひとまず安心してふっ、と息を吐き出す。

「――っうわ?!」

 高槻が驚いたような声を上げたので、慌てて視線を移せば、カンと硬質な何かにぶつかるような音と共に鋭い風音。そののちおそらく地下行きの扉に盛大に金属片が当たり、高い音がこだました。

「び、びっくりした……」

「びっくりした、はこっちのセリフだわ! 吉川、今一瞬気抜いたでしょ! それが一番駄目なんだって、本当にびっくりした!」

「ご、ごめん、怪我無い?」

「ぎりぎりで障壁作ったから何とか大丈夫だったけど、本当危ないなあ。やっぱり能力が同じ人に見て貰った方がいいのかもね」

 はあ、と月明かりの下でもよく分かる青ざめた顔をした高槻が深いため息を吐いた。それに俺は本当にごめん、と再度頭を下げる。高槻は怪我もないし大丈夫だから、それに無理に練習しようって言った私も悪いしもういいよ、言う。それに顔を上げた時だった。と夜の静けさに紛れて、異質な音が聞こえる。カタン、と何かが震える音。二人で顔を見合わせなんだ、と音のする方向に視線を向ける。

 錆び付いた扉が軋む音。暗がりでもよく分かる、その扉が徐々に前へと押し出され、開かれようとしている。カチカチキチキチ、と地下のあの場所でよく聞きなれた音がこだました瞬間、俺たちはその扉の方向に走り出した。

「――吉川、悪運強すぎ!」

「よく言われる!」

 人工生命体は紫外線下では生きられないが、今は夜中だ。つまり地上への侵入を許してしまうことになる。それは防がなくてはならない。なぜなら人工生命体は紫外線の下では一分と生きられないと言う弱く脆い性質を持ちながらも、繁殖力が強い特徴を持つ。また変異するのも速いことから、もし地上へと出てしまえば一瞬にして街を飲み込んでしまう可能性もある。

 無数の赤い目が扉の隙間から垣間見えた。高槻は舌打ちをする。見る見るうちに、彼女の手の中に金属片が形作られていく。真っ青に光る瞳、その金属片が全ての指の隙間に、そして蠢くそれに躊躇なく投げつける。悲鳴めいた鳴き声が聞こえ、一瞬赤い目が見えなくなる。

「ライト!」

「分かってる!」

 俺は自身の鞄の中からライトを取り出す。ただのライトではない。政府からの支給品で、太陽光の何倍もの紫外線を出すことができる特殊なライトだ。それをカッと扉の方に向けて、じりじりとにじり寄るように扉の下へ移動する。光を泳がせながら隙間を除けば、奥では恨めしそうに歯を鳴らすやつらの姿がぼんやりと見えた。

「さっきの金属が当たったので、かんぬきの金具が取れたみたい。手入れもしてないから老朽化も激しいし。直すから、吉川は扉固定しておいて」

「了解」

 高槻が破損した金具を手に持ち、欠けた部分に柔らかく包むように手を添えた。眩しい光が途絶えた内側では、やつらが扉を叩く音が聞こえ、押さえつけた手にその振動が伝わる。淡く発光した目がじっとその扉を見つめている。

 俺もその作業をじっと見つめ、修復が終わる寸前のことだった。真後ろから聞きなれた歯をかち合わせる音が聞こえたのだ。

「――ッ?!」

「吉川!」

 避けろ、口で彼女がそう言ったのが目にとれた。高槻は修復に専念しているためにこの場から逃げることができない。

 赤い目が高槻を見据えた。そのなりはおそらく小動物程度、猫や蛇など複数の要素を併せ持つ、いわゆる異種混血キメラだということが分かった。足を振り上げ、地面を蹴る動作をして大きな音を立てれば注意がこちらに向く。俺がライトをかざそうとすればやつはそれを避けて頬に爪を突き立てた。皮膚が破れる感覚。間近で感じる獣のにおいと何か焦げ臭い、が?

 俺の頬を抉ったそいつは高槻に向かい大口を開ける。鋭い歯がむき出しになり、呼吸音が聞こえた。

「――高槻屈め!」

「何! ひっ!」

 やつの口から炎が吐き出された。変異種ミュータントだ。高槻は俺が押したせいもあるが尻餅をついてそれを驚いた表情で見ている。俺は炎を吐き出す無防備なそいつにライトを振り上げ、地面に叩きつけた。ごき、と骨が折れたような、捩じれるような嫌な音が響く。苦悶の表情をしたそいつにライトを当てようとすれば、ライトを持った俺の腕を最後の渾身の一撃だとでも言うように爪で深く抉った。俺は体勢を立て直し、そいつの蛇とも猫とも言い難い尾と、猫の首を力強く踏みしめ、逃げられない状態にしてからライトを当てれば、断末魔を上げ、そいつは核を残し灰となる。思わず扉を背にして地べたに座り込む。

 抉られた頬も腕も血が滴っているような感触がした。頬の方は見えないので、腕を見遣ればぱっくりと割れ、表面が軽く焼き爛れており、中の肉も見えるほどだった。血がどぼどぼと滴っていて、その血もいつもより綺麗な赤に見えた。これが俗にいう鮮血か、と妙に冷静になって見ていると、我に返った高槻が馬鹿野郎!、と俺をなじる。

「避けろって言ったじゃん! 何やってんだお前は!」

「いや高槻に火傷させたら悪いなって。傷残るだろ?」

「そんなんどうだっていいわ! 私痛覚無いから、絶対吉川よりマシなんだって、うわ、肉も見える骨も見える、やばいよこれ」

「俺も痛覚無いからだいじょ……」

「そんなん問題じゃない! あーもうこれ最悪だよ、病院行ったら縫うレベル。ちょっとなんか包帯とかある?」

「ああ、鞄に……」

 高槻は頬はこれで押さえて、とハンカチを俺の顔に当てる。唇を噛んで泣き出しそうな表情をしている。いつも凛として何にも動じないような姿しか見たことが無かったから、少しだけ物珍しく見ていると、こっちみんなクソ野郎、と口汚い言葉が飛んでくる。半分泣いているその表情で繰り出される強い物言いに俺は苦笑いした。


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