ちらつく炎に奪われる視界
「おい、高槻」
「裏から回ろう。私たちの格好じゃ悪目立ちするから」
大きな歩幅で前を歩く高槻に仕方がなく着いていく。駅裏の方へと人波を縫って歩く彼女に声をかけても、喧騒のせいで聞こえていないのかそれとも無視をしているのか。今日何度めとも分からないため息を吐き出す。黙って彼女の後ろを追っていれば、徐々に周りは細い路地に店を連ねる飲み屋街へと変わっていった。まさかこんな場所があるだなんて思わなかった。俺が目を丸くしていると、高槻の歩調が緩やかなものとなる。
「ごめん、あんまり人いると話もできないかなって思って」
「……それよりここって」
「普通の飲み屋が集まるところ、と言いたいけどちょっと違う場所。もちろん普通の飲み屋もあるんだけど、たまに魔術師同士のコミュニティになってるところもある」
狭い道には屋根が低い店が多く並んでいる。赤い行燈が淡く光を放ち、のれんがひらひらと舞っていた。多くの店は立ち飲み屋のようで、窓からは酒臭いサラリーマン風の体をした男や千鳥足の大学生のような姿も見られた。狭い路地なので行き交うのもやっとだった。香ばしいにおいや、鼻の奥が痛くなるような異臭が充満している。
「……高槻、なんでも知ってるんだな」
「私も教えて貰ったの。こういうコミュニティは大規模なり小規模なり大体区ごとに一つはある。この道曲がるから」
高槻の指さした場所は、さらに細い路地だった。上階の窓の明かりだけが道しるべとなるだけの小さな道とも言えないような道だ。しかしごみや雑草などは無く、恒常的に使われているのが見て取れた。
高槻は前を歩きながら、恨めしそうに息をついて言葉を放つ。
「……吉川が能力使えたら一発で行けるのになあ。そんなにコントロールできないの?」
「そもそも外で能力使うのは禁止されてんだろ。高槻も白幡さんも羨ましがるけど、そんな易々使えないって」
俺たちの身体には、GPSとスタンガンが内蔵したICチップが埋め込まれており、地下以外でこの能力を使用するものならば、人間に危害が加わる恐れがあるためにスタンガンが起動し魔術師を失神させ、GPSによって上層機関に通達される仕組みとなっているはずなのだ。俺の能力が瞬間移動で、日常的に役立ちそうな能力だといえども、そう容易に使うことは出来ないはずなのだ。
「――驚いたときに能力がふと漏れ出たり、社会活動するときに普通に能力使ったりするよね?」
「え?」
「あと普通に喜久さんなんて聴覚強化の能力使って情報屋してるわけだし」
俺の身体情報は学校のデータベースをハッキングすればどうにかなるが、生物が苦手で長岡に聞いていることまではデータベースには載っていないはずである。
「ほんと吉川って真面目なところあるよね。せっかく得た能力なんだから使わなきゃ損だよ。特に瞬間移動なんて汎用性あるし」
高槻は呆れたように言った。そんな風に言われても困る。大体俺なんて、この業界に二か月といない、いわばひよっこのようなものである。まして人付き合いなんて初めて高槻とした程度の薄っぺらい情報網なので知らないことなんて山ほどある。俺は思わずむっとする。
「そんなこと言ったって、いまいちコントロールができないんだよ。正直言って、どこに飛ぶかも分からないし目開いても移動してなかったこともあるし」
「慣れとイメージでどうにかなるものだよ。ちょっと練習して行こうか。ここなら人通りほとんどないし、あいつらも居ない」
ビルとビルの隙間に位置する、狭いぐらいの道であったが一気に開けていく。周りは高いビルに囲まれているが、そこだけ不自然にぽっかりと開いた空間だった。壁際には朽ち果てかけたベンチや花壇、そして端からはまた狭い小道が続いている。何より特筆すべきなのは、半地下の形をしている大きな扉が中央にあることだろう。暗がりでよくは見えないが、金属製で大きなかんぬきでしっかりと施錠をされている。
俺は異常な光景のように思えた。区画整備がなされ、またこの区は地価が高いために何もない空間は普通ならば存在しない。普通ならビルが建つなりしているはずなのにここだけぽっかりと死んだように土地が空いている。
「なんだよここ、」
「旧関門、その前は通気口だったみたい。今は閉じられて等しいけど、扉一枚隔てた先は地下。がたがたって音聞こえない? あれ、たぶんあいつらが騒いでる音」
耳を澄ませばカタンカタンと扉が叩く音が聞こえる。扉を隔てればすぐに居る、その事実で背筋がぞわっとした。
「こういう昔の門はいくつかは完全に閉鎖されてるみたいだけど、構造上、破壊したり埋め立てるのが難しいみたいで残ってるのもたくさんある。学校の体育館横のビニールシートかぶってるところもこれだし」
「まじか」
「割と生活に根付いた場所にあるものだよ。もしかしたら吉川の家の近くとかにもあったりして」
「そんな末恐ろしいこと言わないでくれ……」
ぶるりと震えて肩を抱える動作をすれば、暗がりで高槻が頼りないなあと笑う姿が見えた。今日も身の丈の合わないようなトレーナーを着て、髪をひとくくりにしている。俺はその姿が凛々しく思えた。それも少し収まり、高槻の瞳が淡い青に発光する。
魔術師は能力を使用する際に目が淡く輝く性質を持つ。その色は個人によって様々であるが、その能力を使う姿は遠い暗がりからでも視認できるほどだと言われている。
「例えば、そうだなあ。弧を描く金属片、私の親指くらいの大きさの」
薄暗い中でもよく見える。高槻の手の中に何か固形のものが出来上がっていく。それは最初こそぼんやり形が定まっていなかったものの、彼女が情報を追加していくごとに徐々に形が定まっていく。
「色は鈍い銀色、外側が触れれば切れてしまうほどの鋭い刃、でも重いのは嫌だなあ、軽くて頑丈で、鋭いものを」
高槻の手の中には金属片が収まっている。先ほどまでまるで無かったものが彼女の手の中にある。簡単でしょ、彼女はそう微笑んだ。
魔術師は万能ではない。一人の魔術師は一つの能力しか扱うことができないはずだ。昨夜見た彼女は空中を浮遊していた。俺はてっきり重力を操作する系統の能力であると検討をつけていた、それなのに高槻は今、何もない空間から鋭利な刃物を作って見せた。固まった俺を見て高槻がどうしたのだとさも不思議そうに首を傾げた。淡く輝いた瞳が細められる。魔法だと思った。無から有を生み出し、世界の規則にとらわれることなく自在に能力を扱う、これを魔法と言わずなんというのだろう。
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