口が軽い情報屋
「……よかった、居な」
そう安息の息を漏らしながら、最後に真横をぐるりと見ればひとりでに顔が青ざめていくのを感じた。居た、しかも結構近く……。彼女は俺の視線に気が付いてひらひらと手を振ると、もう一人友達と思しき人を引き連れて隣へと移動してくる。俺は立ち上がる。
「やあやあ、随分と面白そうな話だったね」
「どこから……?」
「割と最初から? 気づくかなあって思ってたけど」
くすくすと笑いながら高槻が言う。ワイシャツの袖を何捲りかしており、スカートの裾からは膝小僧がわずかに出ている。高槻の隣に視線を移す。高槻が紹介したいと言ったのはこの人物なのだろうか。髪は茶色がかったショートカットで前髪は目の片方が隠れてしまうほど長い。ちらちらと見え隠れする耳たぶにはピアスの穴が無数に見えて思わず声が引きつりそうになる。スカートも高槻に比べれば短めで、暑くないのかタイツを履いていた。
「あ、紹介、まだだったよね。この人はね、情報屋さん。ここら一帯のことは大体聞けば分かる」
情報屋……? 俺が首を傾げていると、その人物は人懐こそうな笑みを浮かべながら、ほんに顔に出るお方ですねえ、と少し訛りのある口ぶりで言った。
「三年の
「吉川晴翔です。二年生で、」
「あー知っとる知っとる。二年三組の吉川晴翔くん。身長は173センチ、んーもうちょっと頑張れって感じやな。体重は、まあデリカシーちゅうもんもあるしここでは言わないことにしよ。うちも体重バラされんのは嫌やし。理系、だけど生物がちょっと苦手でよく長岡くんに教えて貰てるよね。能力は瞬間移動で、限界値は結構高めて聞いたけど、三人四人運べるんでしょ? いいなあ、うちもそういう能力欲しかったなあ」
「ど、どうして……」
「驚いてる驚いてる。え、ゆっちゃん言うてへんの?」
「何にも話してないです」
ゆっちゃんというのは高槻の愛称だろう。
俺は白幡さんの口からマシンガンの弾のように流れ出る情報に目を剥いた。彼女は俺の反応を面白そうににまにまとした表情で見ている。
「地獄耳の喜久って呼ばれてる。能力が聴覚の強化で、まあ聞こうと思えば5km先も防音室の壁越しも容易いかなあ。あとちょっとハッキングも嗜んでおりまして。こっちはまだ練習中だしあんま使えへんけど」
「ここらへんだと喜久さん一番情報通だし、間違いないから信頼していいよ」
「そこまで言われると照れます」
にへら、と白幡さんが頬を緩ませる。怖そうな外見をしていたからとっつきにくい人かと思ったが、実際はかなり人が良さそうだ。高槻が信頼してよいと言うのだからその通りなのだろう。俺は頭を下げてよろしくお願いします、と言えば彼女が笑顔で手を差し伸べてきたのでそれに応じる。そうすると込められた力が予想以上に強かったので思わず呻く。
「まあ貰うもんは貰いますけどなあ。どうぞご贔屓に」
どすのある低い声で彼女が言った。高槻が隣で苦笑いしている。
「――というのは冗談で、どうせ二人組むことになりそうやし。何でも聞いたって、あでももし学校行く途中でうちが遅刻しそうになってるの見かけたら、助けてくれると」
丁度よく予鈴が鳴る。彼女は、もうこんな時間、と右腕の時計を見ながら、次の予習してへんと慌てふためく。
「じゃ、またお会いしましょ!」
「あ、はい……」
ウィンクを飛ばしながら、彼女は駆け足でドアに向かう。ものすごいデジャブを感じた。
俺もそろそろ次の授業に向けて移動しないとなあ、と思いながら翠が置いていったパンの数々を拾い集める。そこで先ほど白幡さんが口走った言葉に対する疑念を投げかけた。
「……なあさっきの組むって話って」
「もし吉川が誰とも組まないならね。吉川と同じクラスの渡辺くん、セラに入ってるみたいだから一回そっちの方に聞いてみると良いよ。私と組むなら連絡ちょうだい。吉川と私じゃ能力全然違うし、教えられることもあんまりないけど」
次数学だーと高槻が渋い顔をする。周りの人も片付け始めている。お先失礼、と遠ざかっていく背中。それから少し遅れて俺も教室に向かう。
あの夜高槻はどうやら一人のようだった。地下においては一人ではなく、複数人で行動した方が生存率が上がる。どうして彼女はチームを組んでいないのだろう。俺はそんな疑問を持つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます