序章:殺しあいをはじめようか



「……くっそ!」

 決行の日取りは唐突に決まった。

全人口の約一割にも満たない数ではあるが、年々徐々にその割合は増え続けている。しかし少数派には変わりない。人類がゆったりと進化の過程を経る中で、突如現れた亜種。姿かたちは人とは変わらないものの、人並み外れた能力を持つ俺たちのことを、人々は當代の魔術師と呼び習わす。

荒廃した街並み。辺りは夜のように暗く、わずかに灯るのは非常用の電灯。その電灯さえも過半数が割れ、ショートを起こしている。ビルの窓ガラスは無残に割れて血のようなものが飛散していた。ぼこぼこにへこみ錆びれた車、ひしゃげた道路標識、誰のものかも分からない肉塊。恐怖で逃げ惑う人間の数も減った。赤い目が、疲れ弱くなった俺たちを待ちわびる。

「逃げ道は……!」

 またもや行き止まりだ。俺はどうしようもない無力感でその壁を叩いた。息が途切れ呼吸もままならない。ここに来て何時間経った。叩きつけた壁に勝てるはずも無く、拳からは血が流れだす。くるりと後ろを振り向き、元の場所へと戻ろうとすれば赤い瞳が無数に見えた。カチカチ、キチキチ、そんな音と共に毛を逆立てた獣の気配。視界が青く染まる。俺は舌打ちをしながら、やつらを蹴散らし踵返す。

再び表へと出ればかえるような血のにおいと共に、ぐちゃぐちゃと歯をかき鳴らし肉を食むおぞましい音。暗闇から生きとし生ける者を見つめる赤い目が数え切れないほど。あらゆる場所から悲鳴と骨が無残に折れる音が聞こえた。その悲惨さに耳を塞ぎたくなる。しかしここで塞いで何になるんだ。この空間から逃げることが保証されるのか。

 先日、旧地下都市、今は地下特別廃棄区画と呼ばれているこの場所で、人工生命体の殲滅を目的とした大々的な討伐作戦の計画が発表された。その作戦に従事するとされたのは、政府から選抜された半数の魔術師たち。その選抜の仕方は、生き残る確率が高いとされる者から順に、政府の見解はそうとのことではあったが、誰も信じちゃいない。、それがこの討伐作戦の選抜者の内訳だ。

「くっそ、やろう!」

 出入り口は各都市にある、都市全域を見渡せる小高い場所にある。しかし地上と地下をつなぐ唯一の場所だと言うこともあり、厳重な警備体制が布かれている。何重もの壁と複雑怪奇なパスコード。生体認証にクリアしなければ外に出ることは出来ない。入る時とは打って変わった厳重な警備体制だ。彼らは端から俺たちをここから出すつもりなど無かった。出る杭は打つ、邪魔者は殺した方が手っ取り早い。あまりの惨さに笑えてくる。

「こんな暗闇の中で、死ぬしかないっていうのかよ……!」

 薄暗闇の中、何かに足を掬われ転びそうになる。膝をついて何とか転ばずに済んだものの、一瞬顔を上げれば周りは赤い目に囲まれていた。カチカチ、チキチキ。歯と歯が鳴る音、高温の鳴き声、それらを見た瞬間に能力を使って蹴とばそうとして、視界が青く染まる。それと同時に、肩に硬質な物が当たった。

「……まだ元気に生きているやつがいたか」

「ッあ゛……」

 そいつは何もためらうことなく、それを俺に突き刺した。その肩だけではない。心臓や腹に何本も突き刺し、そしてためらいもなく抜いていく。貫通した腹からは生暖かい何かが零れていく。肺も刺されたためか、呼吸のたびにひゅうひゅうと掠れた音が聞こえた。後ろに居るそいつは、俺の背中を足で蹴り倒し、さあお食べと赤い目をしたやつらに向かってさもそれが正義であるかのように言い放つ。

「悪いな、生きるためなんだ。より進化したものこそが生き残る。そう習っただろう?」

 耳元で囁かれる。

 投入された魔術師、その数は日本全体の中の約半数。それだけ居るのならばこの人工生命体に負けるはずが無かった。紫外線の下では一分と生きられない。噛む力はあるものの、俺たちの能力を使えば蹴散らすことぐらいできる。全員で力を合わせれば、誰一人死人を出さずに地上へ戻ることだってできた、それなのに。

「地上で、お前たちは殲滅活動で、凶暴化した人工生命体に抗うことができず死んだものとみなされている。だからここで生き残るなんてヘマされたらとんでもねえんだ。見出しはこうだ。大和魂、死力を尽くし約半数の駆除に成功。まともに生きられねえ、犬畜生よりぞんざいな扱いなからしたらいいじゃねえか。感謝されて死ねる。これ以上のことはないだろ?」

「あ、が……」

 頭の上に足が乗り、地べたに額がくっついた。血が出ている、それなのに痛くない。ああ、そうだ俺の失った感覚は痛覚だった。それすらも忘れてしまうだなんて、そろそろ本当にやばいのかもしれない。身体が冷え切って、手の感覚も何もない。鼻息が髪にかかる。そうだ、食われるのか。今まで見てきた数々の死体のように、人間としての尊厳など無く、身体は貪り食われ、この地下で果てる。

 人と姿かたちは同じといえども、俺たちはまともには生きられない。行動を逐一管理され、反逆の意志があると見なされれば殺され、人から蔑まれて生きていく。そんな人生送るぐらいなら、殺された方がマシなのかもな。

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