驚くべき老練なまでの筆致。技巧はもう文句なしのレベルです!

『海鳴りの島』にも評価をつけさせてもらったが、そのイノセントな香ぐわいにすっかり欺かれていたらしい。「無邪気に語る…」というようなコメントをしてしまったが、この作品ではその印象をあっさり裏切られた。一人称ではあるがベッタリとした独りよがりの放言じみた語りはいっさいなく、良い意味でのスタイリッシュさが確立されている。抽象的な意味の〝筆致〟ではなく、筆遣いがまさに眼に見えるのだ。〝止め〟〝はらい〟〝はね〟と喩えてもいい緩急をつけた語りのリズム感が、ほとんど破綻することなく貫かれている。言葉の選び方、掛け合いの間合いなど、見事と言ってよい。それだけで十分評価に値するのになんという★の寂しさだろう。(カクヨムの読者諸君、どこを見ている!)
 ストイックで寡黙な語り手の流麗な叙述という一見矛盾したたたずまいで語られる内容も、黒雲のように全編をおおう勝海舟という存在と卑小さゆえに歯ぎしりまでが聞こえてきそうな主人公の独白の対比がまた素晴らしい。これは完成された一編であり、さらにサラリと一筆書きのように短時間で仕上げてしまったらしい作者の力量には、端倪すべからざるものを感じさせられた。
 同じ主人公の別の一作があるというのでそれを読ませていただいてからと思っていたが、やはり独立した作品として評価されるべきだし、それだけの価値は十分にそなえている。他の作品ではまた文体をさまざまに工夫されているらしく、むしろそれらに手を伸ばすのが恐ろしくなるほどである。
 おそらくそれらのどこかにあるにちがいない、もっと鮮やかな〝氷月あやらしさ〟にめぐり逢うのが楽しみになってきた。

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