SFジャンルにはこういう作品が必要なんだと思うんです

「この世界はシミュレーションである。しかもその演算は、そろばんのように単純な計算機によって手動で行われている」というジョークがある。これはシミュレートする側とされる側の時間認識の違いに立脚したジョークで、シミュレートされる側は演算速度がいくら遅くとも、認識する時間経過速度そのものが演算に依存するため、こちらの世界の1秒を向こう側で100年かかって演算していても、中にいる我々に問題は感じられないというネタなわけだ。
 しかしこれが、自分たちの世界を自分たちのいる時点より過去の状態からシミュレートして、より未来の状態まで進めて未来予測をしようとすると、途端に大きな問題にぶつかる。現実の世界はたとえ決定系であったとしても、あまりにも多数の事象が相互に絡み合って現在の状況に至っており、その中には構造的に不安定なものが多数含まれているため、初期条件の小さな誤差が、時間の経過とともに指数関数的に増大してしまい、シミュレーションの結果は現実と大きく異なるものとなってしまうのだ。先のジョークで言えば、世界の演算自体はそろばんでも(理論上)できるのだけれど、それでもって未来予測をしようとすると、どれだけ演算装置の処理速度が速くて大きくても、解決することができない問題が浮上してしまうのだ。
 ルネ・トムの『構造安定性と形態形成』に書かれた、シミュレーションによる未来予測の不可能性へのこの指摘について、どうクリアするのか、本作においてはやはり何らかの理屈がほしいところだった。そもそもプロジェクトの最初にこの問題は議論されなかったのだろうか?
 と、読み終わってからここまで一気に書いてしまった。実はこういうことをぐだぐだ言いたくなるような作品をこそ、SFファンは読みたいのではないだろうか? 自分ではゆるふわ「すこしふしぎ」作品しか書けないので、ぼくはなおさらそう思うのだ。そうした意味でこの作品は、ぼくの欲求を大満足させてくれたというか、僕の琴線をうまい具合にぴろぴろ揺さぶってくれたのだ。こうした作品がたくさん現れれば、ぼくは自分で小説を書いている暇なんてなくなってしまうだろう。

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