その6(最終話)

 「もう隠しても仕方がないことですが、わたしはソーセージを食べていました」

 フォレストはまるで懺悔するかのように言った。

 「わたしの部屋の冷蔵庫には。まだいくらかソーセージがあります。わたしは菜食主義者の仲間を裏切っていた……」

 「そのおかげで正気でいられるんだ。いいだろう」

 「わたしは裏切っていた。母なる大自然を……悪魔のソーセージの誘惑にかられて……」

 「お、おい、大丈夫か?」

 フォレストの症状が進んでいるように見えた。言動がおかしい。

 おれは不安を感じながらもフォレストのあとについていった。

 とはいえ、どうにか攻撃的な菜食主義ゾンビに会わずにフォレストの部屋にたどり着くことができた。

 フォレストは広報写真のための暗室という名目で部屋をひとつ確保していた。なるほど、なかなかうまい言い訳だ。暗室と言うことにしておけば他人も入りづらいだろう。

 「この中にソーセージがあります。」

 フォレストは部屋の隅にある冷蔵庫を指さした。薬品用の冷蔵庫……に偽装したソーセージ専用冷蔵庫である。ご丁寧にカギまでついていた。

 フォレストが冷蔵庫をあける。おれは息を飲む。

 「ううっ! くくく臭い!」

 冷蔵庫を開けたとたん、のたうち回るフォレスト。

 「ま、まさか、ソーセージが腐っていたのか!」

 おれは冷蔵庫の中をたしかめた。つながったままのウインナーと、めん棒みたいな丸ごとのサラミが二本あった。

 「く、腐っていない」

 おれはソーセージの匂いを確認する。普通だ。

 「ひどい臭いがします。死体置き場みたいだ……」

 「お、おまえ、ヨーグルトに操作されて味覚が……!」

 おれはサラミをとりだし、フォレストに突きつける。

 「食え! このサラミを食うんだ! 腸内の悪玉菌を増やさないと発狂してしまうぞ!」

 「近づけないでください! そんなものを!」

 サラミを振りはらうフォレスト。

 「……うっ」

 フォレストは吐いた。

 「わ、わたしはもうダメです……」

 フォレストはそう言って、服を脱ぎはじめた。

 「なにしているんだ?!」

 「もうわたしは、大自然に帰るほかないようです。仲間のもとへ行かねばなりません。これはきっと罰です……!」

 全裸になったフォレストの全身からヨーグルトの臭いが発散されている。

 「いまわかりました。発症した者の弱点はサラミです。そのサラミとウインナーを持って逃げてください! わたしは、私はもう!」

 フォレストはまたげえげえとえずいた。強烈なヨーグルトの匂いがする。

 彼はゆっくりと顔をあげる。その顔には、気が狂った菜食主義者に特有の暗い輝きがあふれていた。

 「ヒヒヒヒ!」

 「く、くそ、狂ったか」

 「自然に! 自然に帰りましょう!」

 人間とは思えない勢いでジャンプし、フォレストは冷蔵庫にドロップキックをぶちかました。

 「く、くそ! あっちへいけ!」

 おれはサラミをフォレストに向かって振りまわした。

 「ヒッ! ヒヒイイイイ!」

 フォレストは野獣めいた叫び声をあげて、うしろに飛び退く。

 「さ、サラミが効く!」

 おれはサラミを両手に持って振りまわし、ウインナーを回収して脱出した。


 一日たった。

 いま、おれはつながったままのウインナーを首にグルグル巻いて、両手に棒状のサラミを持って走っている。

 「待て! お前も自然に帰れ!」

 うしろから全裸の菜食主義ゾンビたちが追ってくる。

 「野菜を食って自然に帰れ!」

 やつらはキュウリやカブなどを手に持っていたり、トマトを全身になすりつけていたりする。やつらにつかまると、口に野菜をねじ込まれたり、噛んだレモンの汁を吐きかけられたりして、おれの感染を進めようとしてくる。

 おれの追っ手の中には、ヨーグルトで白く染まったドクターの姿もあった。彼も変わり果ててしまった。

 「ええい! 近寄るな!」

 おれは息も切れ切れでサラミを振りまわし、感染者たちを撃退する。そのおれの姿は、まるで東洋のサムライであるミヤマトムサシのごときものだったはずだ。

 そして、おれの症状は進んでいた。

 ウインナーは確かに症状を抑えてくれているようだったが、首に巻いたウインナーが減れば減るほど、感染者の攻撃は激しくなっていく。奴らを退けるウインナーのパワーが弱くなっていくせいだろう。

 地図で確認した。ここから抜け出して町まで走ったとしても、足だとまる二日近くかかる。追いつかれるか、おれが発症するのが先だろう。

 どこかにもっとソーセージがあるはずだ!

 はやく動物性食品を大量に摂取して、腹の中の悪玉菌を増やし、おれの腹に感染した病原性ビフィズス菌を除菌しなければならない。そのためにはソーセージが必要なのだ。

 この町のどこかにソーセージやベーコンが必ずあるはずだ。絶対にベジタリアンの中には、フォレストのような裏切り者がいたはずだ。野菜や果物ばっかりではガマンできず、肉や卵をかくし持っていた裏切り者がいたはずなんだ。

 ああ、それにしても。

 野菜が。

 ……野菜が食いたい!

 ああ、もう植物なら何でもいい。

 「少しだけ……少しだけだ」

 近くに生えていたクレソンがおれの目にとまった。おれはクレソンを摘んで、口に持っていく。

 「うまい!」

 なんて芳醇な味だろうか、クレソンごときがこんなにうまいなんて。

 ハッと気がつくと、おれは辺りに生えていたクレソンをすべて平らげていた。

 「腸内の……善玉菌が増えてしまう……」

 身体がかあっと熱くなってきた。

 おれは全裸になり、野菜を求めて走り出した。

 「野菜いいい! 野菜を食わせろおおおおおおおおお!」

 おれは近くに生えていた食えそうな草をむしってもしゃもしゃ食った。

 「うまい!」

 おれは服を脱ぎはじめた。

 そうだ? なんで服なんか着る必要がある?

 ほかの動物は服なんて着ないじゃないか!

 服なんていらない!

 文明なんて、いらない!

 サイコーの気分になってきた、神に祝福されたような気分だ。

 たまらず走り出した。

 身体が勝手に動く。

 最高だ。

 おれはふと、首に巻いていたウインナーに気づく。

 おえっ、気持ち悪い。

 不快な臭いがした。おれはウインナーを投げすてた。

 サラミもいつの間にか無くなっていた。もういい、おれはなんでこんな気持ち悪いものを食っていたのだろうか。

 土から掘りかえしたばかりの、生のジャガイモはこんなにおいしいのに。

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オーガニック死霊のはらわた まくるめ(枕目) @macrame

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